第76話魔岩石の魔力と謎の犬
「ご覧ください! どこにも怪我なんてありません! ドレスも品物も、全て無事にございます!」
「だ、だが……っ」
「私は、平気です! ……あの人達を、解放してあげてください」
彼らを捕らえる理由がない。そう強く目で訴えるように、私はヴィセルフを見つめ続ける。
するとヴィセルフは、ぐっと眉根を寄せながら男たちと私を交互に見てから、
「……本当にいいのか?」
「はい。平気です」
店のオープンの件もあるし、下手な騒ぎは起こしたくない。
証拠になるような実害があれば別だけど、今回は、このまま収めてしまったほうが。
頷いた私にヴィセルフはまだ迷うように瞳を揺らしたけれど、大きなため息をついて、自由な左手を上下に一度動かした。
男たちを囲っていた炎が消える。
「……見逃すのは今回限りだ」
低く告げるヴィセルフに、
「は、はいいいっ!!」
「ありがとうございますっ!!」
情けない声を上げながら、転げるようにして逃げていく男たち。
(ふう、ひとまずはこれで一件落着かな)
そっと安堵の息を零した私は、やっとのことでまだヴィセルフの手を掴んだままだと気が付いた。
「あ、大変失礼を――っ」
と、ヴィセルフが無言で、私の顔やら腕やらをペタペタと触ってきた。
「ヴィ、ヴィセルフ様……?」
「……本当に、無事なんだな」
「は、はい! この通り、不調なところは一切なく、ピンピンしています!」
「……はあ~~~~」
深く息を吐きだして、へなへなとヴィセルフがうずくまる。
「ヴィセルフ様!?」
「ティナ」
「はいっ!」
「……勝手にいなくなるな。どうしてもって時は、俺を連れていけ」
「ヴィセルフ様……」
「……これは、命令だ」
最後の一言は絞り出したような、小さい呻き。
命令、というには懇願に近い響きで、だからこそ余計に私は自身の失態を悔やんだ。
いまだ膝を折り、顔を伏せたままの彼に合わせるようにして、私も地に両膝をつく。
「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした、ヴィセルフ様。今後は必ずお声がけすると、お約束します」
「……絶対に、破るなよ」
「はい。誓って」
やっとのことで顔を上げたヴィセルフが、確認するようにして私の顔をじっと見据える。
それからもう一度大きなため息を吐き出して、立ち上がった。
「ん」と、私に手を差し出す。
「ったく、なんでったってんなトコに入ってきたんだ」
暗に、危険なのは分かっているだろうと揶揄する声色。
私はヴィセルフの手を借りて立ち上がりながら、「その……」と言葉を濁すも、
「……ティナのことだ。余程、来なけりゃならねえ理由があったってことだけは、わかる」
促す言葉。
気遣いの見え隠れするそれに、私は戸惑いを振り切って、口を開いた。
「……くーちゃんが、いたんです」
「……昔飼ってた犬が、か?」
「いえ、その、本当にくーちゃんなのかは、分からなくて……。でも本当に、うり二つなほど似てたんです。それで、咄嗟に……」
は! そういえばくーちゃんは!?
今更ながら周囲を見渡すも、当然、どこにもその姿はない。
私の心中を察したようにして、ヴィセルフが「俺が来た時には、もういなかったぞ」と告げる。
(やっぱり、ただよく似てるってだけだったのかな)
本当にくーちゃんだったなら、私の呼びかけに反応しただろうし、つれないながらも尻尾を数度揺らしてくれたはずだ。
その、どちらもなかった。つまり、あの子はくーちゃんじゃないってこと。
でも、なんだろう。私を振り返ったあの時の目が、どうにも引っかかるというか……。
「……犬っつったら」
ヴィセルフは複雑そうに顔をしかめ、
「ティナを探している最中に、犬の声がした。……ティナに渡した魔岩石、あるだろ。そこに宿った俺の魔力を頼りに探していたんだが、正確な場所までは分からねえままだったんだ。のに、急に犬の声がしたかと思ったら頭ん中にここの光景が飛び込んできて、一気にティナの居場所が分かった」
「! そうです魔岩石……っ!」
急いで自身の胸元へ視線を落とすも、それは既にいつも通りの、小さな炎が揺らめいているだけになっている。
「そのワンちゃんが吠えた時、魔岩石がすごく強く光ったんです!」
「……やっぱり、あれはこの魔岩石の魔力だったか」
「そ、それって……! もしかして、ヴィセルフ様がこの魔岩石を使用出来たということですか!?」
「いや、それはねえ。俺自身に手ごたえは一切なかったし、今もこれといった変化は感じ取れねえしな。……ティナの話と合わせて考えるなら、その犬が何かしら影響してそうな気がするんだが……」
ヴィセルフは不可解そうに双眸を細め、
「犬が魔岩石を扱うなんて、聞いたコトねえ。更に言うのなら、魔岩石は本来、炎を灯した所有者にのみ反応するはずだ。……ティナのその魔岩石の炎には、今も俺サマの"気配"がある。所有者が他に移ったとは考えられねえ」
「なら……あの時の光は、一体誰が……?」
「さあな。レイナスなら何か知っているかもしれねえが、今は分からねえことが多すぎる。ひとまずは……」
戻るぞ、と告げたヴィセルフの声に重なるようにして、「ティナ!」と叫ぶ声が聞こえた。
路地の奥へと視線を遣ると、こちらに駆けてくるエラとダン、レイナスの姿が。
「もう来やがったか」
小さく呟いたヴィセルフが、私へと視線を移し、
「言っておくが、アイツ等のが俺サマより面倒だからな。説明はティナがしろよ。しっかり怒られてこい」
「え!? お、怒られるの決定なんですか!?」
「ダンの説教は特にやべーからな。覚悟しておけ」
「そんな……っ!」
あーでも確かに"護衛騎士"たるせいか、ゲームでもダンは危険な行為とかにけっこう厳しかった記憶が……っ!
頭を抱える私を見下ろすヴィセルフは、先ほどまでの深刻さはどこへやら、ニヤニヤと楽し気に口角を吊り上げている。
私は少しだけ恨めしい気持ちを抱きながらも、「そうだ、ヴィセルフ様」と顔を上げ、
「なんだ?」
「助けてくださって、ありがとうございました」
ヴィセルフが面食らったように瞠目する。
けれどすぐにニッと、余裕たっぷりの笑みを浮かべ、
「な? 俺サマは一人でも、強いだろ」
んん?
それってもしかして、前に言ってた『この国が必要としているのは自分ひとりだって証明云々』ってやつ?
あ、あーーーーっ! なるほどね!!!!
だから私に、皆――つまるところエラに、今回の救出劇を説明しろって言ったのか!
万が一エラが危険な目にあっても、助けてあげられるくらい強いから、安心して嫁に来いと……っ!
「承知しました、ヴィセルフ様! ヴィセルフ様の強さは、私がしっかりお伝えさせて頂きます!」
「なんかまたズレていそうな気がするが……まあ、今回はそれでもいいか。俺サマにも都合が良さそうだしな」
そうしてすっかりアピール作戦に気を取られてしまった私は、三人と合流するやいなや意気揚々と語ろうとして、しっかりねっちょり三人がかりで叱られることになってしまったのだった。
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