第69話綺麗なドライフラワーが必要なのです
「ティナが驚くのも無理はありません。ヴィセルフ様ご自身が入ることはないとはいえ、男性と共有だなんて……。そう思い、わたくしもせめて別の部屋をと申し上げたのですが、聞き入れてはいただけず。力が及ばす申し訳ありません、ティナ」
するとエラは「そうです」と思い当たったように両手を合わせ、
「これを機に、生活拠点を当家に移すのはどうでしょう? 王城へも通える距離ですし、行儀見習いとしてのお勉強はティナの希望通り、あちらに。わたくしなら同じ女性ですし、配慮に欠けた環境を押し付けることはありません」
(あー……ヴィセルフ。これはちょっと悪手というか、悪い方に影響しちゃうというか……)
ピンときてしまった私は、「あのう、エラ様」と挙手をする。
このままだとヴィセルフが"デリカシーのない男"認定されてしまう。
そうはさせまい!
ヴィセルフに代わって、私がちゃーんと弁明させていただきます……!
「ええとですね。おそらくヴィセルフ様はエラ様からの贈り物をご自身の手元に置いて、至極大切にされたいのかと。ヴィセルフ様のお衣裳部屋なら他の侍女の目もありますし、ご自身が確認せずとも、私が手入れを怠っていたり、売りさばいてしまったりしていないか即座にわかりますでしょうし」
せっかく愛しのエラが贈ったドレスなのに、もしも私が粗末に扱ったなら……。
そんな不安を解消するには、ヴィセルフのテリトリーで管理させるのが一番だ。
(とはいっても、普段着用の服くらいは部屋に持ち帰らせてくれないかな……)
帰ったら交渉しないと。
そんなことを考えつつ、「ヴィセルフ様のお気持ちもよくわかりますし、私は大丈夫です。お気遣いいただきありがとうございます」と軽く頭を下げる。
と、エラは残念そうに眉尻を下げ、
「そうですか、良い機会だと思ったのですが……。ですが、ティナはヴィセルフ様について、そのように捉えているのですね。レイナス様のこともあり心配していましたが、これならまだまだわたくしの方が……」
「エラ様?」
「いえ、ひとり言にございます」
にこりと笑んだエラは、「ときに、ティナ」と少し背を正して、
「近頃は、しっかりと眠れていますか?」
「へ?」
唐突な問いに首を傾げると、エラは心配そうに自身の目下を指先でなぞり、
「少々、疲れの色が。お化粧で隠しているようですけれど、私も女ですから」
申し訳なさそうにして、「本当に些細な違いですので、他の方はお気づきにはならないかと」とフォローまでしてくれる。
ああ~、せっかくのお茶会なのに、余計な心配をかけてしまった……!
「あと、寝ては、います! ただちょっと、近頃夜更かしが続いてしまっていて……っ」
「まさかとは思いますが、昼夜問わず呼び出しが……?」
「いえ! 違います違います! その、ちょっと悩みといいますか、行き詰っていて……」
「……それは、わたくしが聞いてもよろしいお話でしょうか」
エラがそっと瞼を伏せる。
わあ、やっぱり憂い顔も綺麗だわあ……なんてぼんやりしていた私の指先に、エラの爪先がそっと触れた。
それはまるで、触れたい気持ちを抑えているかのような。
「以前も申し上げました通り、わたくしは持ち得る全てをもって、ティナの力になりたいと思っています。……わたくしでは、そのティナの悩みを分け合える相手にはなれませんでしょうか」
「エラ様……」
おわーーーーっ!!! なんですかその憂い顔……っ!
恥じらうように染まる頬はほんのりと紅を帯びて、苦し気に寄る眉の下には潤んだ瞳が香るように艶めき……っじゃなくて!
(落ち着け……っ! 落ち着くんだ私っ!!!)
ふう、つい暴走任せに文字起こしするところだった……危ない危ない。
「ティナ? 気分を悪くさせてしまったでしょうか……? 差し出がましい願望を申しました」
「いえっ! そうではなく、エラ様はなんてお優しいのだろうと、感動に打ち震えていたといいますか……っ!」
全力で首と手を振って誤解だと告げた私は、荒ぶる気を静めるために、ふうと一息吐き出した。
それからエラへと向き直り、
「エラ様。エラ様は、短時間で花を乾燥させる手法について、何かご存じでしょうか?」
途端、エラはきょとんと目を丸めつつ、
「ティナは、花を乾燥させたいのですか?」
「はい。乾燥させた花を使ってインクを作ろうとしているのですが、従来の吊るし乾燥ではどうしても花の色が褪せてしまいまして……。私も曖昧な記憶なのですが、何か、薬品か魔法か。時間をかけずに短時間で一気に水分を飛ばしてしまえば、本来の色もかなり残るはずなのですが……」
前世では確か、シリカルゲルに入れておくと、色も姿も生花に近くなるって見たような気がするのだけど。
この世界にはないみたいだし、クレアに聞いてもやっぱり糸口が掴めずで、本を漁ったり実験したりとしているうちに寝不足が続いてしまっている。
するとエラが、俯きがちに小さく「……ティナ」と私の名を呼んだ。重い声。
あ、やっぱりエラも知らないよね。当然だよ。
だってこの世界のドライフラワーは、自然乾燥が基本なんだから。
せっかく力になりたいと言ってくれたのに、悪いことしちゃった。
「すみませんエラ様、妙な話をしてしま――」
「魔法でも、良いのですよね?」
「……え、と?」
「ティナは、わたくしの魔力を、ご存じですか?」
――それって、もしかして。
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