第68話ご令嬢の採寸は大変にございます

「お疲れ様でした、ティナ」


 ふんわりと癒しの笑みを浮かべながら、対面に腰かけたエラが「姿勢、崩していただいて平気ですよ」と優しく声をかけてくれる。

 私は「ありがとうございます……」と力なく呟きながら、痺れる背を庇うようにして少しだけ力を抜いた。


 エラの自室であるこの部屋に入るのは、二度目だ。

 前回ヴィセルフと訪れた時よりも、なんだか華やかで明るい印象がある。

 あちこちに花が飾られているのもそうだけど、全体的に色が増えたというか。


「あとは時間の許す限り、ゆっくり休んでください。お紅茶もお菓子も、沢山用意いたしましたから」


 そう言ってティーポットを手に取るエラ。

 私が慌てて「あ、私が!」と言うと、「ティナは今日、お客様ですから」と断られてしまった。


 だとしても、エラに注がせるのは申し訳ないな……。

 そう思いつつも、私はお言葉に甘えて紅茶を注いでもらった。

 正直、今の疲弊した腕では、いかにもお高そうなティーポットを割ってしまいそうで怖い。


「こうした採寸は初めてですか?」


 エラが勧めてくれたシフォンケーキを口に含むと、ミルク感の強いふんわりとしたホイップと軽やかな生地の甘みが混ざって、疲れた身体に染み渡っていく。

 ああ……おいしい……。疲れた時の甘いスイーツは格別……っ!


「はい……家にある手持ちのドレスも、仕立てた物ではなく父が買ってきてくれたものですので……」


 そう。今回エラが私を呼んでくれたのは、ヴィセルフ主催のお茶会で交わした約束を果たすためだ。


『ドレスをいくつか仕立てましょう』


 うん。確かにエラはそう言ってくれた。覚えている。

 けれどさすがに内容が内容すぎて、その場の勢いっていうか、社交辞令だって思うよね!?


 いやー、こんな私相手にも気にかけてくれるなんて、やっぱりエラって聖女だよなあーって感動に浸って終わっていたのだけど。

 どうやらエラは違ったようで。こうしてわざわざ正式な招待をしてくれたうえに、ご贔屓だという仕立て屋さんを用意してくれたのだ。


 ちなみに贈ってくれたこのドレスも、そこの服らしい。

 待っていたのは、なかなかパワフルなマダムで、


「ウチのドレスを着るのなら、一番に美しく見えなくては! そのためにも、細部の採寸は欠かせません!」


 そう言って下着姿にされた私は、そんなところまで測るの……!? ってトコまでしっかりがっつり測られてしまった。


「世のご令嬢の皆様って、こんなに大変なことをなさっているのですね……」


「ふふ。家にもよるとは思いますが、幼い頃から数か月ごとに繰り返しているうちに、慣れて来るものですよ」


「こんな大掛かりな採寸を!? 数か月に一度……っ!?」


「ええ。やはり人の身体というのは、変化していくものですので。お直しをするにも、その時々の寸法が必要となりますし」


 おわー! 転生先がハイクラスのご令嬢じゃなくて良かった……!

 そう思った矢先、


「ひとまず、今回は普段使いできるものを数着と、訪問着をもう一着。それと、これから寒くなってきますから、外套がいとうも仕立てていただきましょう」


「なっ!? そんな、今着ているドレスだけでも充分なほどで……! さすがにそんなに何枚も頂けません!」


「お金の工面についてなら、ティナが気にする必要はありません。本当は全てわたくしからの贈り物にと考えていたのですが、ヴィセルフ様とダン様に、半ば強引にご支援を約束させられてしまいましたから」


「へ……? ヴィセルフ様と、ダン様が?」


「ええ。お二人のお申し出を断るようなら、ティナはこちらに寄こせないとまで。わたくしが直接ティナとは連絡を取れないことを見越して、でしょう。意地悪ですね、お二人とも」


 仕方なさそうな笑みで、紅茶に口をつけるエラ。

 なんと……私の知らないところでそんなことが……。

 あ、だからダンは今日の要件を知っていたのか。

 そんでもってヴィセルフは、協力を申し出ていてくれてたにも関わらず、あんなに渋ってたのか。


(エラにはカッコいい所をアピールしておきたいけど、自分は招待されなかったから拗ねてた……ってところかな)


 はあー、相変わらずツンデレだなあ。

 採寸されるのは私で、エラは身軽だったんだから、「待っている間にお茶でもどうだ?」って一言お伺いをたてれば良かったのに。


 それにしても、エラの好感度を上げたいヴィセルフはともかく、どうしてダンまで?

 は! まさかダンも、とうとうエラへの好意が上がりつつあるんじゃ……っ!


(もしかして"役得"って、ヴィセルフ抜きでエラに会いに来れてラッキー的な!?)


「可愛らしいお顔をされているところ、ごめんなさいティナ。そういう事情ですので、遠慮は必要ありません。デザインについて、希望はありますか? お任せでお願いしてしまうことも可能ですが……」


「あ、と。あの、エラ様。お金に関してはその、皆さまに甘えさせて頂けるとのことで大変ありがたいのですが……。その、何着も収納できる場所がなく……。実家に送ってしまっては、せっかくお仕立ていただいた意味がなくなってしまいますし、やはりせめてもう一着で――」


「収納場所につきましては、ヴィセルフ様のお衣装部屋の一部を自由にして良いと伺いました。今回の仕立て分程度なら、まだ大分余裕が残るかと」


「へ……? えっ!?」

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