第67話着飾り馬車に乗ってお茶会に出発です!

 王城から王都までの道は、当然のように舗装されている。

 そのお陰と御者の力量によって、馬車内の揺れはかなり穏やかだ。

 私は窓外の景色を楽しむのもそこそこに、対面に座るダンに問いかけた。


「あの、ダン様。本当に良かったのですか? おまけに馬車まで出して頂いて……」


 私が今乗っているのは、王城にて管理されている、いわゆるお忍び用の馬車だ。

 ヴィセルフのお供ならともかく、本来ならば、いち侍女の私用なんかに使える代物じゃない。

 けれどもダンは、「ああ」とからりと笑み、


「ちゃんと許可も取ってるし、心配ないぞ。それにティナ、歩いて行くって言ってたけど、王都にはまだ慣れてないだろ? 何があるともわからないのに、一人でなんて行かせられないからな」


「うう……お手数をおかけして、すみません」


「謝るなって。俺には権力もなければ飛び出た知識もないし、こんなことくらいしか手伝えないからな」


 苦笑交じりに頬を掻くダンに、私は慌てて「こんなことだなんて!」と声を上げる。


「宮廷画家様にお話を通してくださったり、必要な油や道具の都合をつけてくださったのもダン様です。私ひとりでは、どれも成し得ませんでした。おまけにこうして馬車に送迎まで……。ダン様には助けて頂いてばかりです」


「そうか? ティナの手助けが出来てるなら、嬉しいんだけど」


「感謝してもしきれない程に、ダン様にはお世話になっております」


 ありがとうございます、と頭を下げると、ダンは「いーや」と首を振って、


「その湖色のドレス、よく似合っているな。いつもとは違うティナとこうしていると、二人でデートしているみたいだ」


「で、デート……ッ!?」


「いっそこのまま目的地を変えて、二人で街に行っちまうか?」


 ニッと口角を上げたダンの笑みは、変わらず爽やかなまま。

 ははーん……なるほどなるほど。さすがは爽やか頼れるお兄さんなダン!

 明らかにドレスに"着られている"私を、さりげなーく慰めるための冗談か……!

 そのスマートな対応に胸中で拍手を送りながら、


「お気遣いいただき、ありがとうございます。少しでもこのドレスに見合うよう、全力でお茶会に励んきます!」


 胸前で拳を握ると、「ううーん……そういうことじゃないんだけどなあ」と困惑したような声。

 ううん? なんか違う感じ??

 煮え切らないダンの様子に、はっと思い至り、


「もしかして、伺うにあたって手土産が必要でしたか!? すみません私、個人のお茶会にご招待されるのも初めてでして……! 今すぐ目的地を街に――」


「ああ、いや。落ち着けティナ、大丈夫だ。エラ嬢からの私的な招待だし、手土産は必要ない。手紙に書いてあったのも、よかったらそのドレスを着てきてほしいってだけだろ?」


 そうなのだ。私が今着ている明らかに上等なドレスは、エラからの贈り物。

 今朝、いつものようにヴィセルフを起こしに行ったら、ものすっごく嫌そうな顔で「……ティナにだ」とエラからの手紙と小包を渡されたのだ。


「嫌じゃなきゃ、行って来い」


 唸る様にして言うヴィセルフは、さぞかし私が羨ましかったのだろう。

 それはそうだ。好いた相手がお茶会に招いたのが自分ではなく、ただの冴えない侍女なのだから。

 おまけに素敵なプレゼント付き。


(ごめんねヴィセルフ……。でもせっかくのお誘いだし、エラの今の心境を探るいい機会だし……!)


 ちゃんとヴィセルフの株上げもしてくるから……! と誓いつつ「ぜひ行かせてください!」と挙手すると、ヴィセルフは渋々ながらも許可をくれた。


 ドレスいわゆる夜会用ではなく訪問着という風で、頑張れば一人でも着れるかな……? と思っていたのだけれど、なぜかヴィセルフのお着替え隊のお姉さまたちがテキパキと手伝ってくれて。

 ヴィセルフの身支度部屋を占領して髪からメイクまで一気に"ご令嬢"へと仕立てあげられたあげく、更にはこうしてダンの護衛付き馬車に乗せられるという、破格の好待遇っぷり。


 いや、手厚すぎない?

 やっぱり王子の婚約者相手だし、失礼があったら色々とマズいから???


(うう、今更ながらプレッシャー……)


 ちなみに髪には、以前エラから貰って飾るだけになっていたバレッタを使ってもらっている。

 そう考えるとダンの言う通り、一見"めちゃくちゃいい所のご令嬢"の姿で王城からエラのお屋敷まで歩いて行っては、普段とは違った危険がつきまとうのだろう。


(それこそバレッタもドレスも、物盗りなんかに狙われもおかしくないだろうし)


 私相手とはいえ、愛しのエラが用意した品々を盗まれたとあっては、ヴィセルフの憤怒待ったなしだろうし。

 なるほど道理で、ダンが外を確認しながら「……待ち伏せはないみたいだな」とか呟いてるわけだ。

 あの人でも無理か……とも言ってるし、この辺で有名な盗賊団の首領でもいるのかな。


 ともかくここまでしてもらったのだもの。

 私は粗相のないように、精いっぱい頑張ろう。


「エラ様は、どうして急に私をお呼びくださったんでしょうね」


 なんとなしに呟いた私に、ダンは「んー、ああ」と視線を少し彷徨わせてから、


「行けばわかると思うぞ」


「……ダン様は、ご用件をご存じなんですか?」


「まあ、いちおう……な。……そうでなきゃ、二人きりのお茶会になんて簡単に送り出せないし」


「ん? あの、すみませんダン様。後半が馬車の音でちょっとうまく聞き取れず……」


「いや、大丈夫だ。ともかくティナは、気軽な気持ちで楽しんでくればいいからな。俺も屋敷で待機させてもらってるし」


 ダンはそう言ってニカッと笑んでくれたけれど、私はといえばますます緊張に背が伸びてしまう。

 だって、この先にはダンですら言い難い出来事が待っているってことなのだから。


(よくわからないけれど、気軽に楽しむとかハードル高すぎる……っ!)


 あああ、もっと真面目にマナーのレッスンとか受けとくんだった……っ!

 後悔に苛まれているうちに、馬車が停止した。


「お、着いたみたいだな」


 先に降り立ったダンが、手を差し出してくれる。


「これ、やりたかったんだよな。つくづく今回は役得だな」


 おどけたように笑むダンに、少しだけ、緊張が解ける感覚。

 うん、やっぱりダンは気遣いの神だ。


「ありがとうございます、ダン様」


 けれどどんなにダンが魅力的でも、私はエラとヴィセルフがくっついてほしいんです……!

 少しだけ痛んだ良心を自覚しながら、私はいざ、エラとのお茶会へと向かった。

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