第64話蝶に舞われた"花"の素性

(僕が娶るのなら、義姉上より大国の姫は駄目だ。貴族たちの心情を配慮するならば、国内の適当な令嬢が妥当だろうが……)


 だがやはり、僕は時が来たらこの国を去るのが一番だ。

 そうなると、ゆくゆくはこの国を捨て、慎ましやかな生活が可能な女性が希望なのだが……。

 小さなこの国の、これまで出会った貴族令嬢の中に、そんな気兼ねのある人物はいなかった。


(ならば他国の令嬢を迎えるか? ある程度の権力を持っている家ならば、後々その伝手を使っての移住も容易になるだろうし……)


 その時ふと、ヴィセルフが脳裏に過った。

 ラッセルフォード王国、たった一人の王子。絶対的な王位継承者。


(……これは、使えるのでは)


 ヴィセルフはあの国の王になる。それは絶対的な事実だ。

 けれども彼は、王の器ではない。

 我儘で、傲慢で。民からの信頼も薄ければ、他国と渡り合うだけの知性もない。

 従者騎士として仕えるダンが、何かとサポートをしているようだが……。

 あのヴィセルフが、他者の言いなりになるなどあり得ない。


 現に婚約者ですら無下にしている始末だ。

 ダンの話に耳を傾けるような性格ならば、あそこまで酷くはならないだろう。


 ラッセルフォードは大きな国だ。面積も歴史も、生きるモノの数も。

 その全てを"あの"ヴィセルフが、背負いきれるはずがない。

 彼が王位についたその瞬間から、あの国は崩壊の一途を辿る。


(その時、僕が動けたなら)


 内乱を収め、ヴィセルフに代わり、あの国の王座を手に出来たのならば。

 ラッセルフォード王国は、兄上の治めるカグラニア王国の属国となる。


(……こっちの計画で動いてみるか)


 幸い、隣国かつヴィセルフが僕と同じ年の生まれということで、国王同士の縁は深い。

 国とは民だ。今のうちからラッセルフォード国内で僕が"理想の王子"だと印象付けていけば、内乱が起こった際、現れた僕を"救世主"として歓迎してくれる可能性が高まる。


(そうなると、婚約者として縁を結ぶのもラッセルフォードの人間が最適か)


 それもある程度王家内部にも詳しく、かつヴィセルフに肩入れをし過ぎない令嬢を。

 計画は順調だった。

 僕の暗躍もあり、国内で徐々に義姉上の歓迎ムードが高まると、お門違いな扇動に躍起だっていた貴族連中も、大半がまだ見ぬ世継ぎからの恩恵を受けようと義姉上の"ご機嫌取り"に走った。


 これで暫く、義姉上の方は安泰だろう。

 義姉上の周囲を信頼できる臣下で固めつつ、僕は再び王城の外に出る機会を増やした。

 ヴィセルフから招待状が届いたのは、そんな時だった。


 吹く風の温度が心地よくなってきた頃に開かれる、王城の庭園でのお茶会。

 社交嫌いであるヴィセルフが渋々ながらも顔を出す、貴重な場。

 毎年招かれるそれに、兄上ではなく僕が出席するのは、物心ついた時から変わらない。


(ヴィセルフといえば、近頃は頻繁に夜会に出ているとか)


 更には彼の影響で、ラッセルフォードでは花の需要が増加していると聞いたような……。


(ヴィセルフが夜会に花? いったいどんな心境の変化だ?)


 いい加減役目を果たせと、国王にせっつかれたか?

 あるいは、目前に迫ってきた入学を見据えて、今のうちから存在感をアピールしておこうと……?

 どちらにしろ、僕の計画上、あまり歓迎できない事態だ。

 なぜなら彼にはしかるべき時まで、心の赴くまま"傲慢で横暴なワガママ王子"でいてもらいたいのだから。


(まあ、ヴィセルフのことだ。本質は何も変わっていないだろう)


 彼は幼少期から僕を敵視している節があるから、ちょっと突いてやれば簡単に"元に戻る"はずだ。

 そんな策略を腹に向かったラッセルフォードのお茶会は、どうにも妙だった。


 ずらりと並ぶ知らないスイーツにフード。

 悲壮感ではなく、穏やかな微笑みを浮かべる婚約者。

 周囲に気を配りつつも強い意志を眼に宿す従者に、渋々ながらも貴族を相手する、王位継承者。

 その光景はまるで、"正しい"王子が主催するお茶会のような……。


(いったい、何が?)


 いや、まだ焦るのは早い。ヴィセルフだって子供じゃない。

 ましてや"王子"たる立場なのだから、表面上くらい取り繕えるようなっていたって、おかしくは――。


 刹那、視界を"花"が過った。


 いや、違う。花弁のようなドレスを纏った、ご令嬢だ。

 何やら紅茶のカップを手にしたまま、きょろきょろと心許なげに視線を彷徨わせている。


(あの子はたしか、先ほどまでエラ嬢と一緒にいた……?)


 なるほど、見ればエラ嬢の周囲には人だかり。

 戻る場を失った彼女は、迷っているのだろう。


(……丁度いい)


 元より今回のお茶会で、"目星"をつけておくつもりだった。

 彼女は初めて見る顔だが、このお茶会に招かれ、エラ嬢とあれだけ親しくしているのだから、それなりの地位を持ったご令嬢に違いない。


 声をかけてきたご令嬢にやんわりと断りをいれ、スイーツを選び始めた彼女へと歩を進める。

 が、僕は即座に制止した。彼女が三名の令嬢と"歓談"を始めたからだ。


(……どこの社交界も同じだな)


 目立つ"花"には蝶が舞う。

 蜜を吸われつくし枯れるか、はたまた食虫植物のごとく罠にかけ、パクリと取り込んでみせるか。


(丁度いい。お手並みを拝見させてもらうか)


 呆然と立ちすくみ、吸いつくされるようでは話にならない。

 かといって好戦的すぎるのも駄目だ。吸収はすなわち権力に結び付く。

 僕は、僕らは、あくまで"二番目"なのだから。

 それをわきまえられるだけの謙虚さを――。


「――ちょっとその話くわしくお願いします!!!!!」


「!?」


 思わず顔を上げた先。妙に高揚した声の主は、間違いなくあの"花"。

 興奮に輝く眼で詰め寄る彼女の、それからは実に見事だった。

 巧みに話題を変え悪意を削ぎ、更には同調してみせたかと思うと、相手を褒め称え"味方"だと主張する。


 敵意を削いで凌ぐ手腕のあまりの華麗さに、僕は素直に感心した。

 同時に、興味をくすぐられた。

 このご令嬢ならば、僕の"計画"に適任なのでは。


「よろしければその『お菓子片手に同志語り』とやら、僕がお相手いたしましょうか」


 素性も知らない相手。ひとまず今回は、こちらの印象付けと様子見で終えるつもりだった。

 が、彼女の周囲に集まったのは、ヴィセルフをはじめとする昔馴染みの面々。

 おまけにその誰もが、彼女へ並々ならぬ執着を抱いている様子。


(なるほど、"鍵"は彼女か)


 悟った僕は迷わず口にした。


「僕の婚約者として我が国に来る気はありませんか?」

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