第62話アフターディナーティーのお誘いにございます

「……それが、蜜事か?」


「まだシンボルマークが完成していたわけではないですし、今回のご計画がどこまで伝わってらっしゃるものなのか判断がつかなかったので。対外的には広めてはならない、"密事"ですよね?」


「…………」


 はあ、と。

 ヴィセルフは大げさなほど頭を垂れたかと思うと「だよな……。そんなことだろーとは……」と眉間をおさえた。

 レイナスは笑いをこらえているのか、顔を背けながら肩を震わせている。


「あの……、なにか配慮が足りませんでしたでしょうか?」


「配慮っつーか……。ともかく、ここに連れ込まれた経緯はだいたいわかった」


 見せてみろ、と疲れたような顔をしながらヴィセルフが判を受け取る。


「王冠をかけた薔薇の花、か?」


「はい! 私なりですが、ヴィセルフ様をイメージして作成してみました」


「俺を?」


「私にとって、一番に"シンボル"として掲げたいのは、ヴィセルフ様ですから」


 店の名を読むまでもなく、一目で"王室御用達"であることを示すシンボル。

 その条件を考慮した時、一番に浮かんだのがヴィセルフだった。

 売られるのは確かに私の"持ち込んだ"お菓子かもしれない。

 けれどもこの店は、この国の更なる発展をというヴィセルフの想いと願いが詰まっているのだから。


「いかがでしょうか?」


 尋ねた私に、ヴィセルフが「……悪くねえな」と目元を和らげる。

 私は「おそれいります」と頭を下げてから、


「ですが先ほども申し上げました通り、"判"としても通ずるよう、もう少し手を加えたく……。もうしばしお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」


「ああ、ダンに言って都合は付けさせる。ティナの納得いくまでやってみたらいい」


「ありがとうございます、ヴィセルフ様。レイナス様から頂いた心強い助言もありますし、早速次を試して――」


「あ? ティナお前まさかとは思うが、このままコイツの部屋に残る気じゃ……!?」


「へっ? いえ! これ以上はさすがにご迷惑になりますし、そろそろお暇しようかと」


 するとレイナスが「おや」と足を組んで、


「僕としては、好きなだけ使って頂いて構いませんよ。それこそ"婚約者"になってくれたのならば、部屋以外にも共有できるモノが増えるのですが……。どうです? そろそろ首を縦に振ってみませんか?」


「レイナスてめっ……! ティナは渡さねえっつってんだろが! つーかホイホイ近づくな! さっさと国に帰れ!」


「僕の遊学は双方の国王にて取り決められました。いくらヴィセルフといえど、簡単に白紙には出来ませんよ。無論、僕個人の行動を制限する権限もありません。が、ティナ嬢は……。まあ、やろうと思えば可能でしょうが、束縛の強すぎる男は一歩違えばただの"横暴"ですからねえ」


「うぐっ……!」


 お、おお、すごい。

 あの絶対俺様至上主義のヴィセルフが、掌でころころされている……!


(王子同士だし、ヴィセルフとレイナスはライバルって立ち位置なのかと思ってたけど……。こうしていると兄弟っていうか、従弟って感じっていうか)


 ダンとはまた違った"幼馴染"というか。

 ゲームみたいにエラの奪い合いにさえならなければ、この二人にも友好的な未来があったのかもなあなんて……。


「あのー、ヴィセルフ様」


 挙手交じりの呼びかけに、レイナスを威嚇していたヴィセルフが「なんだ」と目を向ける。


「ご心配頂けるのは大変ありがたい限りなのですが、私、ちゃんとわかっておりますよ?」


「な、何をだ?」


「レイナス様の"お戯れ"です。確かに私は社交界慣れしておりませんが、身の程はわきまえているつもりです。レイナス様の"お言葉遊び"を本気で捉えるほど、図々しくはありません。レイナス様もそれをご承知だからこそ、安心してご冗談を口にされているのだと。ですよね、レイナス様」


 ……は? と。重なった声は二つ。

 素っ頓狂な二人の顔に、「え? え???」と私が狼狽えた瞬間。


「……ぶっはは! そーかそーか! ざまあねえなレイナス! いつだったかのテメエの言葉を返すなら、"これも日頃の行いの結果"ってやつだな!!」


 お腹を抱えひとしきり笑い転げたヴィセルフが、


「あー、すっきりしたぜ。戻るぞティナ。俺サマは今とてつもなく気分がいいからな。ティナには今日の茶菓子を譲ってやる」


「へ!? いいのですか!?」


「ああ。その代わり、お前にも席についてもらうからな」


「え、それはさすがに……。侍女たるもの、主人と同じ席に着くことはマナーに反しますので」


「あ? 俺サマがいいっていってんだ。マナーなんざ関係ねえ――」


「待ってください」


 はしり、と。右手が掴まれた感覚に振り返る。

 レイナスだ。いつの間に、と驚愕に見上げる私の眼前で、細い眉がきゅっと切な気に寄る。


「な! レイナスてめえ、いい加減に……っ!」


「ティナ嬢の気持ちは、痛いほどよく分かりました。おっしゃる通り、僕たちにはただの身分差だけではなく、国という大きな障壁があります。加えて僕は数多の人から好意を持たれることが多いうえに、はっきりと拒絶できない性分ですから、ティナ嬢が僕の言葉を信用できないのも無理はないでしょう」


「あ、あの、レイナス様……?」


「急ぐつもりはありません。時間はたっぷりありますから。まずは僕の言葉が"戯れ"ではなく本気だと伝わるよう、信頼関係を築いていくところからですね。どうです? まずは今夜、僕の部屋でアフターディナーティーでも。ああそうだ、ご希望とあれば手持ちの"魔岩石"もお見せできますが……」


「だああっ!! だっから、させねえっつってんだろ!」


 私の手を取り上げたヴィセルフが、額に青筋を浮かべてレイナスを睨め上げる。


「どーやらテメエとはいっぺん、キチンと話をつけないとだな」


「おや、奇遇ですね。僕も同じことを考えていました」


 二人の間になにやらバチバチと火花が見えるような気もするけれど、つまるところレイナスはヴィセルフの反応を見て楽しんでいるのだろう。


(あーあ、いいように遊ばれちゃって……)


 まあ、エラの奪い合いも始まっていないし。

 もしかしたらレイナスは、他国とはいえ幼馴染であるヴィセルフとの久しぶりの再会に浮かれているのかもしれないし。


(いっそ学園入学前にもっと仲良くなってくれたら、破滅エンドルートをひとつ潰せたりしないかな)


 そんな思惑を胸に、私は「ヴィセルフ様! レイナス様!」と声を上げる。


「お二人でのアフターディナーティーをご所望の際は、すぐにお申し付けくださいね! 腕によりかけてご準備させて頂きます!」


 気合い充分に宣言した私に、やっぱり気が合うのか、二人は同じタイミングで顔を見合わせていた。

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