第61話役に立たないなんてことはありません!
水と油は混ざらないけれども、私の目的はあくまで不要になった花の再利用。
例えば水分を飛ばしたドライフラワーにしてみたら、案外上手くいったり……。
「レイナス様は手先が器用なだけではなく、芸術事に対して本当に深い知識をお持ちなのですね」
「おや、恋慕の情を抱いていただけましたか?」
「いえ。素直に尊敬いたしました」
「ふふ、そうですか」
残念ですと笑みを浮かべたレイナスは、途端、苦笑交じりに肩を竦め、
「まあ、こんな雑学ばかり覚えていたところで、役には立ちませんが」
「へ?」
私は疑問に首をひねる。
「私は助けて頂きましたよ?」
「……え?」
レイナスの双眸が、虚をつかれたように丸まった。
私は慌てて低頭し、
「申し訳ありません! 私ごときに感謝されたところで……というのは重々承知しているのですが。けれどその、やっぱり、レイナス様のその知識は決して"役に立たない"ものなどではないと思うのです」
私は「だって」と、彫りおこしてもらった石判を見つめる。
「この判と花の油絵具が完成したら、きっと沢山の人の目に触れます。それから真似をする人が出てきたり、もしかしたら、新しい活用法を見出す人もいるかもしれません。そうやって小さな興味がどんどん広がっていって、誰かの新しい"ときめき"が生まれて。けれど全てのきっかけはこの、レイナス様にお作り頂いた判と知識に由来するわけですから、レイナス様のその"雑学"は未来における誰かの心を動かす"種"になられたということです!」
どうですか?
こんなに素晴らしいことが、"役に立たない"なんてことはないでしょう?
私が笑んでみせると、レイナスは表情を隠すようにして俯いた。
「……そう、ですね。そのような考え方は、したことがありませんでした」
「あ、でもそもそも、私がちゃんと使えるものを完成させることが前提のお話なのですが……。いいえ、きっと大丈夫です! なんだか今すっごく上手くいく予感がします!」
火事場の馬鹿力? ちょっと違うか。
ともかく身体の奥からわーっと力がみなぎってきて、全身の血管をやれるぞー! って気持ちが駆け巡っている感じ!
(油に関しては料理長が詳しいかなあ……? ううん、油違いか。それならダンに事情を話して、宮廷画家さんにお話を聞かせてもらったほうが……)
「……アナタは、本当に不思議な人ですね」
噛みしめるような声に、顔を向ける。
刹那、どこか苦し気な瞳とぶつかった。
「レイナス様……?」
「ティナ嬢、僕は」
熱心な瞳のその奥の、秘められた瞬きに目を奪われかけた。
その瞬間。
「――させるか!!」
バン! と盛大な音をたて、勢いよく開かれた扉。
開け放ったその人は、
「!? ヴィセルフ様……っ!?」
え? なんでここに????
途端、ヴィセルフは「嫌な予感がすると思えば、やっぱりここだったか……」と鋭い眼光をレイナスから私に移し、足早に距離を詰めたかと思うと、
「ティナ。あれだけコイツには近づくなっつったのに、これはどういうことだ?」
「ええっとですね……」
「ヴィセルフ。いくら気心知れた僕相手といえど、ノックも無しに入ってくるのは感心しませんね。密事の最中だったならば、どうするつもりです?」
「そうさせねえ為に来たんだろが! だいたい、そもそもここは俺の城だし、ティナは俺の侍女だ!」
「ヴィセルフ様、レイナス様のおっしゃる通りですよ。ここは今現在レイナス様の私室となっているのですから、訪問時にはノックをなさらないと」
「ティナおまっ、コイツの肩を持つのか!? は! お前まさか――」
「肩を持つ持たないではなく、マナーのお話をしているのです。大変失礼を致しました、レイナス様。代わって謝罪を申し上げます」
スカートを摘まみ上げて低頭した私に、「必要ありませんよ、ティナ嬢。お気になさらず」と穏やかな声。
うーん、ヴィセルフもこのくらい寛容な心があれば、もっとサクッとエラとの仲を進展させられそうなモノなんだけど。
いやでもこんな、落ち着きはらった余裕たっぷりのヴィセルフは、ヴィセルフじゃないというか……。
「それで? 俺サマの言いつけを破ってまでコイツの部屋に来たってことは、そうとう重要な用事があったってことだよな、ティナ」
片目を眇めたヴィセルフは腕を組み、
「まさか本気で"密事"なんかじゃねえだろうな?」
「いえ、"密事"でございますよ?」
「なっ!?」
さっと顔色を変えたヴィセルフに、私は意気揚々と「こちらをご覧ください!」と石判を差し出す。
「レイナス様に彫って頂きました!」
「……あ?」
「お約束したシンボルマークの素案が出来たんです。なのでより良いものに練り上げるため、判としての状態を確かめたかったのですが、自分ではどうにもならず……。偶然お会いしたレイナス様にご相談させて頂いたところ、快くこちらを作っていただけました!」
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