第59話石を削っていただけるようです
王城では要人の急な宿泊にも対応すべく、数室の客間が常に整えられている。
そのうちの一室が、レイナスの私室らしい。
長期滞在になるからと、彼の好みに合わせて手が加えられているのだろう。
室内には記憶にあるそれよりも、色彩が鮮やかになっている。
レイナスに促され、程よい弾力のソファに遠慮がちに腰かけた私は、同じく横に座るレイナスの手元を眺めながら不安を口にする。
「ええと、私から頼んでおいてなんなのですが……。本当にこんなことをお願いしてしまって、よろしかったのでしょうか」
「ええ。僕が言い出したことですから」
告げるレイナスの手元には、角ばった石と彫刻刀が数種類。
広げた私のスケッチブックを見遣りながら、つるりとした石の表面に彫刻刀を這わせ、
「とはいえ、こうした細やかな彫刻はずいぶんと久しぶりでして。至らない出来栄えとなりましたら、すみません」
「いえいえ! そもそもこんな無理なお願いを聞いてくださっただけで、本当に感謝しています!」
私がレイナスに頼んだのは、「石を彫れる従者の方がいたら紹介してほしい」という内容だ。
というのも、ヴィセルフに頼まれているシンボルマークは、このまま行くとおそらく判子として彫りあげられる可能性も高い。
なので判にしても分かりやすく、かつ象徴的なデザインにしたいのだけれど……。
残念ながら、私は彫刻の技術はさっぱりだ。
そこで考えたのが、魔力の核となる"魔岩石"を加工して所持するレイナス達。
長期滞在になるのだし、きっとその従者にひとりくらい石の加工に長けた人を連れているのではないかと踏んだのだ。
それがまさか、レイナス本人が「僕がやってみても?」と挙手するとは。
(ゲームでは絵画が上手って情報は出てたけど……さすがに石膏の授業はなかったからなあ)
大丈夫? これでうっかり怪我でもされたら、国の信用問題とかにならないよね?
刹那、ふっとレイナスが噴き出した。
私が疑問の目を向けると、
「すみません、あまりに心配げなお顔だったもので……」
「え!? そ、そんなにでしたか!?」
せっかく協力してくれているのに、真横でさも不安だという表情をされては気持ちのいいものではないだろう。
私が慌てて「失礼しました」と謝罪すると、レイナスは「いえ」とクスクス零しながら、
「そうして熱心に想って頂けるのは、嬉しい限りです。ですがご安心を。これでも普段から、自分の魔岩石の調整は自分でしていますから。この道具も僕個人の所持品です」
「え? レイナスがご自分で石を削る……のですか?」
「はい」
レイナスは再び石を彫り出し、
「ティナ嬢は、我々カグラニアの人間がどうやって"魔岩石"を灯すか、ご存じですか?」
「ええと、適合者が石に宿る魔力を呼び覚ますとしか……」
「僕たちは、石との対話をはかるんです」
「対話を……?」
「精神的な部分で語りかけるというのでしょうか。自身の本質をさらけ出すことで、己を有するに値する相手かどうか、石がその人間を見定めます。見事合格すると、所有の証として適合者の精気を取り込んだ魔力を灯すのです」
つまり、と。レイナスはやはり手を止めないまま、
「自身で魔力を持てない僕たちにとって、所有する"魔岩石"とは、唯一無二のパートナーと言っても過言ではありません。故に欠けや傷などの修復も自身で行い、日々繋がりを深めていくのです。互いへの干渉が強ければ強いほど、扱える魔力も増幅しますから」
さりさり、と。
削られた石の粉末が、レイナスの指先を白く変えていく。
「こうした背景から、カグラニア王国の国民は幼い時から石の扱いを自然と覚えていきます。最初は魔力をほとんど持たない、いわば初歩的な魔岩石から初め、徐々により大きな魔力を秘めた魔岩石へと挑んでいく。そうして灯せた"限界"が、自身の"魔岩石"となる。その後はその石の"パートナー"として、その石の有する魔力の最大値を引き出せるよう、手をかけていくのです」
「……あの、お聞きしてもよろしいですか?」
「どうぞ」
「今のお話をふまえると、カグラニア王国の方は複数の"魔岩石"を灯すことが出来るということですよね? ですが私の知る話では、殆どの方が一人ひとつしか所有しないと。なぜ複数の石を持たないのですか?」
「石を介するとはいえ、魔力の発動に自身の精神エネルギーを消耗するのは、この国と変わりませんから。個人の持てる最大値を十とした時に、五の力を持つ石を二つ所持するよりも、十の力を発揮できる一つを有したほうが効率がいいですからね」
それなら、と。私は更に不思議に思いながら、
「レイナス様はなぜ、二つの石をお持ちなのですか?」
「おや、ご存じでしたか。僕自身に興味を持って頂けるのは、光栄ですね」
レイナスの茶化したような笑みが、真面目な色を帯びる。
「……そうした方が、都合がいいからです。僕には圧倒的で巨大な力は不要ですから」
声にどこか言い聞かせるような含みがあったのは、気のせいだろうか。
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