第57話隣国の王子様と再会にございます

 王城の一角にある図書室は、主たる利用者が王族の方々だ。

 なので自然と無人であることが多いのだけれど、今日は珍しく先客が。

 思わず「……あ」とこぼした私に気づいた彼は、驚き眼をにっこりと満面の笑みに変えた。


「やっと会えましたね、ティナ嬢」


「お、お久しぶりにござます、レイナス様……っ」


 以前のお茶会時とは違う、リラックスした服装のレイナスと顔を合わせるのは、言葉通り数日ぶり。

 というのも、件の「婚約者として我が国に~」の後、ヴィセルフやエラに「レイナスに近づくな」と言いつけられてしまったのだ。


 おまけにダンまでもが同意見だとマランダ様に話を通してくれたらしく、仕事内容も見事にレイナスを避けたシフトばかり。

 更には噂を聞きつけた料理人や他の使用人仲間からも、


「まさか、隣国に行くなんて言わないよな!?」


「お前のふわっとした知識から完璧なスイーツを作り上げられるのは、俺たちだけだぞ!」


「ティナがいなくなったら、誰がヴィセルフ様のご機嫌を取るの!?」


 とまあ、嬉しいようなちょっと残念なような引き留めに遭ってしまい……。

 妙な誤解をされても困るしと、出来るだけレイナスの行動範囲は避けていたのだ。


(なーんて、レイナス本人には絶対に言えないしなあ……)


「同じ城内にいるのだから、もっと顔を合わせることも多いかと思っていたのですが……」


 残念そうに眉尻を下げて手元の本をぱたむと閉じるレイナスに、「ええと、裏方の仕事も多いので……」と愛想笑いで凌いでおく。

 レイナスは特に気を悪くした風もなく「そうですか」と頷くと、


「見たところ、掃除という風ではなさそうですが、ティナもお勉強ですか?」


「あ、はい。ちょっと調べものに来たのですが……レイナス様のお邪魔になってしまってはいけませんので、また後で出直します」


 そそくさと退場しようした私に、レイナスは「おや?」と首を傾げ、


「邪魔だなんてとんでもない。書庫内どころか机もあんなに広々としていますし、ティナ嬢もぜひ」


「ですが……」


「それとも、僕はそんなにも信用なりませんか?」


 しょんぼりと視線を落とすレイナスに、私は慌てて、


「いえ! 私もご一緒させて頂きます!」


 ご、ごめんなさい皆……っ!

 でもこれは不可抗力ってやつで……!


 代わる代わる浮かぶ面々に、胸中で順に低頭。

 その中で眼前のレイナスだけが「図書室に来てみて正解でしたね」と笑顔を輝かせている。


(まあ、なっちゃったものは仕方ないか)


 ゲームでもレイナスは女性キャラへの言動から"女好き"と勘違いされがちだけど、エラ以外に向けて発される数々の甘言は、心の伴っていない、いわば社交辞令のようなものだ。

 必死の形相で"近づくな"と忠告してくれたヴィセルフにエラ、そしてダンはきっと、社交界慣れしていない私が"何も知らず"、レイナスの言葉を真に受けて勘違いするのではと心配してくれたのだろう。


 ありがとう三人とも。大丈夫!

 実はしっかり履修済です……!


 では、ご厚意に甘えさせて頂きまして……と抱えていたスケッチブックやペンを、十人は座れるだろう机上の一番端の席へ。

 レイナスはレイナスで、再び本の選定を始めた。


 どうやら本当にただ空間を共有するだけで、好きにさせてくれるらしい。

 ありがたく本棚へと向かった私は、壁のように本の立ち並ぶ通路を首を上下させてつつ進み、目ぼしいタイトルを抱えていく。


(『美しい花々』に『王家の一族』、『花を飾るには』と、好きな雰囲気の画家さんの画集を数冊……)


 ずっしりとした重みにこんなところかなと切り上げ、席に戻って本を開く。

 ちなみに写真技術どころか印刷技術もまだそこまで発達していないこの世界では、画集というのは、画家本人かその弟子が元の作品を簡易的に模写した作品集をさす。

 誰かの描いた美しい画を参考に、スケッチブックにイメージを描き連ねて、描き連ねて……。


「うう~ん……なんかまだピンとこないなあ」


 やりたいことは固まっている。

 あとは自分がこれだ! と思える形に落とし込むだけなのだけど。


(自分の"好き"って、分かっているようで意外と分かってないもんだなあ……)


 再び本棚へと向かった私は、直感のままに画集を開き見ては集めていく。

 そろそろ腕の中もいっぱいだから戻ろうとした刹那、ふと、ある一冊の背表紙が目にはいった。


(あのタイトル周りの装飾、綺麗……)


 近寄って、頭上よりも高い位置のそれに手を伸ばす。


(あともうちょい……っ)


 ぷるぷる震えるつま先を更にぐっと伸ばした、その瞬間。


「これですか?」


「! レイナス様っ」


 ひょいと本を引き抜き、「どうぞ」と差し出してくれるレイナス。


「あ、ありがとうございます」


「いいえ。差し出がましい真似をしました。ですがあんなにも愛らしい姿を見せられては、居てもたってもいられず」


 役に立てたのなら良かったです、と安堵したように和らぐ深緑の瞳。


(お、おっわ~~~~なんというイベント感……っ!)


 さっすが乙女ゲームの世界!

 考えてみればお決まりというか、図書室ってイベント発生しやすい場だよね……っ!

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