第56話王子が私に望むのは
そうして反論の余地なく追い出されてしまった私の頭の中は、何をしていてもシンボルマークのことでいっぱい。
マランダ様に事情を話して休憩時間に図書室の使用許可を求めると、
「ヴィセルフ様からのご命令は、何よりも最優先。案が纏まるまで、ヴィセルフ様のお紅茶出し以外はそちらを優先なさい」
そういってあっという間に侍女の仕事を免除されてしまった。
いやなんか、前々から思ってたけどマランダ様、理解ありすぎだよね……!?
(スパルタな部分もあるけれど、ちゃんと教えてくれるわ調整してくれるわ……なんか理想の上司って感じ)
ともかく晴れて時間を確保した私は、図書室に通い詰めては案を練り、案を練り……。
それでもなかなか捗らず、とうとう万能救世主、クレアにもアドバイスを求めた。
二段ベッドの上段で寛いでいたクレアは、「うーん」と腹ばいに頬杖をつき、
「私が口を出すのは簡単だけど、たぶんヴィセルフ様はそれじゃ納得しないと思うよ」
「ええー……。でもデザインセンス皆無な妙案が出てくるより、ちゃんとオシャレな案のほうがいいと思うんだけど……」
「まあ、そう考えるのも無理ないけど。でもヴィセルフ様は、オシャレなの考えてこいって言ったんじゃないんでしょ?」
「……私の菓子を売るんだから、私が良いって思ったものにしろってだけ」
「つまりさ、そういうことだよ」
「んん??」
再び疑問を浮かべる私に、上半身を起こしたクレアが噴き出す。
それから指でちょいちょいと示したのは、私の机上に飾ってあるくーちゃんを模したぬいぐるみ。
手渡すと、クレアは再びごろりと寝ころんで、仰向けにくーちゃんで遊びだす。
「ティナさ、もしもこのぬいぐるみじゃなくて、別のモノがヴィセルフ様からのプレゼントだったら、がっかりした?」
「まさか! 恐れ多いなとは思うけど、何を頂いても嬉しいよ」
「じゃあさ、このぬいぐるみが"くーちゃん"そっくりじゃなくて、別の形をした"犬"だったら? それでも嬉しい」
くーちゃんそっくりではない犬のぬいぐるみ……。
想像して、確信を得た私は頷く。
「うん。嬉しい」
「どうして?」
「だって……それがどんな形でも、ヴィセルフ様が私の為にって、用意してくれたものだから」
「……それだよ」
クレアはごろりと腹を下にして、涼やかな目元を細める。
「ヴィセルフ様はさ、ティナが喜ぶようにってアレコレ考えて、このぬいぐるみにしたんでしょ? 考えてみなよ。とっくに社交デビューを終えたレディへの贈り物が、ぬいぐるみだよ? 下手したら贈った側のセンスも疑われかねないのに、それでもコレを選んだ。ヴィセルフ様は自分のプライドよりも、ティナへの"一番"を優先したんだよ。自分の気持ちに素直にさ」
「…………」
「今回ヴィセルフ様が求めているのも、そういう、ティナの"心"なんじゃない? それこそあまりに酷いようなら、ティナの案をベースに直させればいいだけだし。ヴィセルフ様がティナに求めているのは、デザインの良し悪しじゃなくて、"ティナが良いと思ったシンボル"ってことでしょ」
いくよ、というかけ声と共に、ぽーんと宙に放たれたくーちゃん。
「わ、と」
慌ててキャッチした私を愉しげに眺めていたクレアは、
「あんまり難しく考えすぎなくていんじゃない? ティナの"気持ち"がちゃーんと入っていれば、なんでも受け取ってくれるよ」
クレアの言う通りだ。ヴィセルフはきっと、私がどんな案を提出しても受け止めてくれるだろう。
そんな確信が胸中に過る。
だからこそ、戸惑いが生まれるのだ。
「……ヴィセルフ様は、なんでそんな、私に」
「……言葉の通りに受け止めるなら、そのままじゃん? ティナの発案したお菓子を売るんだから、ティナが良いと思ったシンボルにしたかったんでしょ」
「…………」
ヴィセルフは良くも悪くも裏表がない。いつだって自分の感情に正直で、ストレートだ。
(それに案外、ちゃんと他者を尊重してくれる)
今回の依頼も、その一部なのだろう。
ヴィセルフなりの敬意を示してくれた。たかが侍女の私相手に。
なら私も、精一杯の誠意を返さなきゃ。
「――ありがと、クレア。おかげで一気に吹っ切れた感じがする!」
私は「よーし!」と両腕を伸ばし、
「へんにかっこつけようとしない! 私の気持ちに正直に、胸を張って渡せるモノを考える!」
「そうそう。それでこそティナだよ。……それが出来るんだから」
「ん?」
いまいち聞き取れなかった言葉に疑問を示すと、クレアは「んーん」と口角を上げ、
「お店で売るっていうのなら、持ち運びしやすいお菓子になるんだよね。お裾分け期待してるよ、ティナ。もちろん、ティナ発案のシンボル付きでね」
「うう、善処します……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます