第55話王室御用達の菓子店を作るそうです

「王室御用達の菓子店、ですか?」


 ぱちくりと瞬きながら尋ねた私に、ヴィセルフが「そうだ」と頷く。


「ティナも感じただろ。街と王城の、"食"における圧倒的な差を」


 ヴィセルフ曰く、こうだ。

 私と街で一番流行りのカフェに行った際に、そのあまりの落差に衝撃を受けたと。


「そもそもの素材や料理人の違いは仕方ねえとしても、あまりに城の厨房が抜きんでているだろ? 特に顕著なのが、ティナの菓子だ。この王城の中には存在しているモノが、街にはねえ。実際、昨日の茶会でも、ティナの菓子を知ってる奴は王城の人間だけだったしな」


 そこでだ。

 ヴィセルフは用紙に書かれたなんとも味のある図を指さして、


「街に王室御用達の菓子店として、ティナの菓子を広める場を作る。厨房は城の奴等から何人かを派遣して、プラスで街から新たに雇い入れてな。そうすりゃ新たな雇用の場も生まれるし、店で学んだ奴らが別のヤツに伝えたりと、結果的に技術力の底上げに繋がる」


「実際に王城の料理人さんたちと一緒に働くことで、王城内の技術を街の料理人さんに伝授するってことですね」


「そうだ。加えて人気が出れば、ティナの菓子を真似したり、アレンジして売り出す店も出てくるだろうしな。競り合うことによって市場が活性されるだろ。そうすりゃ原材料の生産地……農耕の地でも注文が増える。買い取り量が増えりゃ、そこでも雇用が生まれるし、その資金を元手にした選択肢が増える」


 つい、と。

 窓外へと視線を投げたヴィセルフは、眩しそうに瞳を細めつつ、


「民における技術と知識の向上は、国の発展に、豊かさに繋がる。余計な争い事を招くだけだとしている国もあるみたいだが、俺はそうは思わねえ。……良いモノを、王城内だけで独占すべきじゃねえ」


「…………」


 正直、驚いた。

 だって私の知るゲームでのヴィセルフは、国や民のことなんて一切顧みない、自分のしたいようにしかしない我儘横暴王子だから。


 そんなヴィセルフが、だ。


 再び視線を落とした用紙の図は、お世辞にも上手だとは言い難い。

 けれどヴィセルフの考えはちゃんと伝わるし、よくよく見れば、机下のゴミ箱には丸められた用紙が溢れかえっている。

 無造作に積まれた書籍の背表紙を辿ると、この国や諸外国の歴史書から経済学、農学、畜産業……あ、お菓子大全なんてものまである。


(……たくさん、勉強したんだ)


 らしくない隈を作ってまで。

 考えて、考えて、やっとのことで形になったのだろう。

 ――この国の、未来の為に。


「――素晴らしいです、ヴィセルフ様」


「! 本当か! って、そうじゃねえ。いいかティナ。俺は遊びや思いつきじゃなく、本気でこの国を新しくしたいんだ。世辞はいらねえ。お前の目から見て、この案が使えそうか否かをだな」


「お世辞などではありません。もちろん、相手が"ヴィセルフ様"だからと、忖度しているわけでも」


 私はしゃんと背を伸ばし、まっすぐにヴィセルフを見つめる。


「正直、一介の侍女である私なんかには、この案がヴィセルフ様のご期待通りの結果となるかどうかは分かりません。ですが素直な感想を述べるのなら素晴らしいご提案だと思いますし、なによりこの国の民の一人として、豊かな国にと願い行動してくださるそのお心が、大変嬉しく思います」


 やっぱり、変わってきている。

 ヴィセルフの思考が、行動が。……これなら。

 待ち受ける悲惨な結末を、その手で塗り替えてくれるかも。

 敬意のカーテシーを捧げた私に、ヴィセルフは少し面食らったようにして、


「……俺が王になった時、すこしでもいい国であったほうがいいだろ。それに」


 ヴィセルフがふいと視線を逸らす。


「この国が……俺のトコが一番だって、ならねえとだしな」


 緩やかになった日差しが、ヴィセルフの頬の赤みを惜しげもなく暴く。

 明らかな照れに、私はハッ! と気がついた。


(それってもしかしてレイナスのことを意識して!? エラが連れていかれないようにって!?)


 あーそれで……!

 確かにレイナスがこの城に来ちゃったとなったら、焦って徹夜にもなるよね……!

 感動の涙を胸中で拭いながら、「そうでございますね」と同意を示した私は、「それにしても」と話題を戻し、


「お店を作るというのは、なんだかワクワクしますね! 外観はもちろん、内装に制服に……。その辺りのデザインは、やはり職人さんにご相談ですかね? あ、それにロゴ……お店のシンボルマークはもうお決まりですか?」


「シンボルマーク……? 必要か?」


 店の名があれば充分だろと眉根を寄せるヴィセルフ。

 私は慌てて、


「必要です! シンボルがあれば文字が読めずとも店の商品だと分かりますし、包装紙につけても可愛いですし!」


「包装紙に? 店のシンボルをつける?」


「…………あ」


 そうだったー!!!

 この世界ではまだ"パッケージ"っていう概念がないんだった……!


 商品の売買も基本は現物の受け渡し。

 せいぜい紙に包む程度だし……。


「あと、ですね。商品を包む紙に店のシンボルをつけることで、宣伝の役割を兼ねると言いますか。スタンプで押し付けてもいいですし」


「スタンプ? いちいち蝋を使うのか?」


「いえ、シーリングスタンプではなく、印刷に近いやり方をするスタンプです。蝋に押し当てるのではなく、インクを刻印面につけて、それを紙に押し当てるんです」


「……そうなると、インクを大量に使うことになるな」


「……ですよねえ」


 この世界でのインクって、前世ほど安価なモノじゃないからなあ……。

 でも何か、せっかくの『王室御用達菓子店』なのだから、特別感がほしいというか……。


「ともかく、ティナの案はわかった。そっちはまた検討するか」


 ヴィセルフは組んだ腕を解いて、


「どっちにしろ、店のシンボルはあった方が良さそうだからな。ティナ、考えておけよ」


「……へ!? 私がですが!? 無理です! 専門の職人さんに発注を――」


「あ? ティナの菓子を売るんだから、ティナが良いと思ったシンボルにしないと意味ないだろーが」


「ええ!? でも私、デザインセンスとか全く――」


「俺は言ったからな。っと、そろそろ支度の連中が来る頃か……」


 期待しているからな、ティナ。

 にっと口角を上げたヴィセルフは、当然ながら意見を変える気などさらさらないのだろう。


(やっ、やっぱり横暴~~~~~~~っ!!!)

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