第52話隣国の王子様に求婚されました……!?
「レディの睦まじいご歓談を遮ってしまい、申し訳ありません。無礼だとは思ったのですが……つい、耐えきれず」
彼はすっと視線をご令嬢方へ流すと、
「慎ましやか……とは少々言い難い様子でしたが、明朗な彼女に救われましたね」
「! 御免あそばせ……っ!」
顔色を変えた三人のご令嬢はついと背を向けると、早足で喧騒に紛れてしまう。
「あ! 待ってくださいお菓子片手に同志語りがまだ……!」
「よろしければその『お菓子片手に同志語り』とやら、僕がお相手いたしましょうか」
「え!?」
「エラ様については少々知識が劣るやもしれませんが、ヴィセルフについてなら、この会場の誰よりも熟知している自信があります」
片手を胸元にあて微笑む彼から漂う、確かな自信。
(この会場の誰よりも……?)
あれ? それにこの人、"ヴィセルフ様"じゃなくて"ヴィセルフ"って――。
「あの、あなた様は……?」
「ああ、申し訳ありません。すっかり忘れていました。僕は――」
「――レイナス!!」
突き刺す叱咤に顔を跳ね向ける。ヴィセルフだ。
認識した刹那、伸びてきたヴィセルフの両手が私の肩を掴んで、ぐいと引き寄せられた。
「ヴィ、ヴィセルフ様!?」
密着する体制に思わず声を上げると、
「コイツに変なことされてねえか!?」
何やら必死の形相で覗き込んでくるヴィセルフ。
あー、うん。やっぱりヴィセルフって結構綺麗な顔してるよなあ……って、そうじゃない。
「えと、少しお話をしていただけでして、変なことはないかと……」
ん? ちょっと待って。
いま、"レイナス"って言った?
「やあ、ヴィセルフ。こうして公の場で会うのは久しぶりですね」
「レイナス、てめえ……っ! いいか、ティナは他の女どもとは違うんだ! 妙なちょっかいかけるのは止め――」
「おや、お名前は"ティナ"とおっしゃるのですね。美しく澄んだ響きが実にお似合いです」
「聞け!」
赤髪、緑目、物腰柔らかな態度で、ヴィセルフと旧知の"レイナス"。
ぐるぐると思考が回る。
と、私の肩が再び誰かにひょいと奪われた。
反射のように視線を遣ると、そこには。
「エラ様……!」
「大丈夫ですか? ティナ」
急いで駆け寄ってきてくれたのか、微かに息が乱れている。
それでもエラは私を安心させるような笑みを浮かべたかと思うと、次いで視線をくっと前に向け、
「お久しぶりにございます、レイナス様」
「ごきげん麗しゅう、エラ嬢。また一段とお美しく……そして、凛となされたようですね」
「お褒め頂き恐縮にございます。レイナス様も、お噂はかねがね。なんでも近頃、積極的に他国へご訪問なされていらっしゃるとか。旅先での勇姿を是非とも伺いたいと、ご令嬢方が会場のいたるところでレイナス様をお待ちのご様子です」
言われてチラリと視線を周囲に向けて向けてみると、なるほどエラの指摘通り。
好奇の目に混ざって、明らかにレイナスを意識したご令嬢方の熱視線が。
レイナスは特に視線を遣ることもなく、それでも分かっている素振りで「そうですね」と肩を竦め、
「ですが僕がいま言葉を交わしたいと思うのは、そちらのティナ嬢なのですよ。彼女をお借りできませんか?」
「失礼ながら、ティナはこうした社交の場に不慣れでして。"いつものご令嬢方のように"、とてもレイナス様をもてなせるとは……」
「だから言ってるだろレイナス! ティナは駄目だ! 賑やかしの女なら他をあたれ!」
「おやおや、揃いも揃ってそんなに毛を逆立てずともいいでしょうに……」
「ティナ!」
飛び込むようにして、ダンが駆け寄ってきた。
ダンは一瞬で状況を理解したようで、ピシリと歩を止めるとレイナスに向き直り、爽やかな笑みを浮かべた。
「遠路はるばるお越しいただき感謝申し上げます、レイナス様。長旅でお疲れでしょう。あちらにお席をご用意致しましたので、どうぞお休みください」
腰を折って頭を下げるダン。
「ほう」と自身の顎先に手を遣ったレイナスが、
「なるほど、なるほど。ダンまでそう来ましたか」
意味ありげに頷くと、これまた楽し気ににっこりと微笑んで、
「どうやらティナ嬢は、随分と目にかけられているようですね」
「だからなんだってんだ。テメエには関係ねえだろ」
「いいえ? なるほど確かに、他のご令嬢方とはワケが違うようなので、僕も誠意を持って接さねばと思い直しましてね」
レイナスが私の眼前に立つ。
ぐるぐる、ぐるぐる。回る脳がレイナスの柔い口端に、白く爆ぜる。
ふと、右手が救い上げられた。そっと引き上げられた指先に、何かが淡く触れる感触。
レイナスが私の指先に口づけたのだと気づいた瞬間、脳裏にゲーム画面が四散した。
そうだ、この人は……っ!
「改めまして、隣国カグラニアの第二王子、レイナス・リンドバーグと申します。ティナ嬢、早速ではありますが、僕の婚約者として我が国に来る気はありませんか?」
「…………はい?」
キャパオーバー。
ぽかんと間抜けな音を出す私の代わりに、三人の「絶対駄目です(だ)」!!!!!」の返答が轟いた。
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