第51話同志に出会えました……!?

(ゲーム的には私と同じ、モブ令嬢ってとこかな)


 なんだか親近感に頬が緩んでしまいそうになるけれども、彼女たちは王城のお茶会に招待されるだけの身分持ち。

 現実的に考えれば、私なんかと一緒にされたくはないだろう。

 私はくっと意識的に顔面に力を込め、視線を再びスイーツ台に戻した。


(下手に関わっても、面倒事になるだけだしなあ)


 このまま無視を決め込んで、やり過ごしてしまおう。

 せっかくだからたっぷりとお菓子を堪能しちゃおーとマカロンを口にした刹那、


「少しはご自分の身の程をわきまえてくだされば良いものを。あろうことかエラ様に付きまとって、ご負担を増やすだなんて」


「まったくですわ。先ほどもヴィセルフ様がエラ様に駆け寄ったというのに、邪魔なさっておりましたし」


「皆さまもエラ様とヴィセルフ様の並び立つ姿を楽しみに来ておりますでしょうに、あの子のせいで台無しですわ」


 ……ん?

んん!!?


「――ちょっとその話くわしくお願いします!!!!!」


「!!!!????」


 声を上げて駆け寄った私に、三人のご令嬢の頬が引きつる。

 明らかにドン引きな態度にも構うことなく、私は「あの、それってもしかして」と興奮気味に言葉を連ね、


「皆さまも、エラ様をヴィセルフ様のご婚約者としてお認めになっていらっしゃるということですか!?」


「な、なにをおっしゃっているのアナタ。認めるものなにも、エラ様がヴィセルフ様のご婚約者であることは周知の事実でしょうに」


「そうではなくて、ええと……不仲なお二人では幸先が不安とか、そういった噂が出たりとかは……?」


「ヴィセルフ様とエラ様が不仲? いったいどなたがそんな噂を?」


 心底怪訝そうに顔を見合わせた三人は、表情を呆れたものに変えて、


「いいこと? 夜会の際にお相手を意識した花を飾ったり、プロポーズをお受けした証として受け取った花束から一本をお相手に付け返す流行は、お二人への憧れから始まったのよ?」


「それこそお二人は夜会であろうと、必要以上のお戯れはなさらないわ。けれども立ち振る舞いは揃って完璧! 言葉がなくとも、触れ合わずとも、お二人は心で通じ合ってらっしゃるのだと、もっぱらの評判ですのよ」


「確かにヴィセルフ様はこれまで少々問題をお抱えのご様子でしたけれど、エラ様と夜会に出られるようになられてからは、まさしく"王子様"ですもの。きっと王都中の令嬢が、一度だけでもとダンスのお相手を夢見ていますわ」


「あら、それはエラ様に憧れる殿方にも言えることよ」


「夜会のシーズンが終わって、ヴィセルフ様もほっとされていたりして」


「まあ、絵にかいたように完璧なお二人の仲を裂けるような方が、この国にいらっしゃって? 無用な心配ですわ」


(これは……これはかなりいいのでは!!!!????)


 そっか。だからこの三人の陰口イベントが、私に発生したんだ……!

 ゲームでのエラは周囲からも冷笑される立場。けれども今のエラは、誰もが認めるヴィセルフの婚約者……!!


「や、やったー!!!」


 思わず声を上げた私に、三人のご令嬢が「な、なんですの!?」と肩を跳ねさせる。

 私は「あ、ごめんなさい。嬉しくて、つい」と謝罪を口にしつつも、ニマニマと頬が緩んでしまう。


(よかった……これってかなり婚約破棄の回避要因になるよね)


 いや、でもまだ油断は禁物。だってゲームの開始は学園入学からなのだから。

 先ほどのダンの件しかり、エラが"純粋に"ヴィセルフ以外に心奪われてしまう可能性だって――。


「とにかく、よろしいですこと?」


 ご令嬢の一人の言葉に、私は思考を切って顔を遣る。


「ヴィセルフ様とエラ様は、誰もが憧れるお二方。良からぬ企てを抱いていらっしゃるのなら、早々に諦めなさいな」


「……へ?」


「まあ、白々しい。奇を呈したドレスまで用意して、あわよくばヴィセルフ様の気をひこうとしたのではなくて?」


「身分違いの婚姻なんて、オペラの中だけですわ。誰が見てもお似合いなんですもの。アナタこどきが割り入れる隙間はなくてよ」


 これってもしかして、もしかしなくとも……この三人は、私がヴィセルフとエラの仲を邪魔しようとしていると思ってる?


「――な」


 私は衝動にぐいと三人に詰め寄り、


「なんっていい方々なんですか!!」


「……はい?」


「そう! そうなんです! ヴィセルフ様とエラ様はほんっとに真逆だからこそ補え合えるご関係と言いますか、それこそ初めから決められていたかのように! ぴったりのお相手ですよね……! 更に言うのなればエラ様は私なんかを気にかけてくださるお優しい方ですし、ヴィセルフ様も、少々強引な部分はあれど、気持ちをくもうとしてくださるような思いやりを持ったお方ですし……っ!」


「ちょっと、アナタ」


「初めは名ばかりの婚約者だったかもしれません。けれども気づけば互いに心惹かれ、ゆくゆくは王座に並び立たれる日が来るのかと思うと……! ああ、想像だけで心臓がばっくばくしますよね!? 祝福の花吹雪大量制作必須ですよね!?」


「あの、ですから」


「分かっております。皆様はそんなお二人の温かな未来が脅かされてはならないという善意から、こうして身をていして暗躍なされておいでなのですね……! うう、一歩間違えればご自身の悪評に繋がりかねないというのに、なんというお二人への愛……! そう、これは愛ですっ!」


 何やら真っ青になりつつ後ずさりを始める三人。

 けれどもすっかり興奮にのまれてしまった私は止まらない。

 一人の手をガシリと両手で掴み、


「お二人の幸せな結婚を願う同志に出会えまして、本当に嬉しく思います……! ご存じの通り私は夜会に出れませんし、よろしければお二人の様子を更にお聞かせいただきく……! あ、語り合いのお供にお菓子はいかがですか? ヴィセルフ様とエラ様も美味しいと言ってくださるのですが、客観的なご意見が聞きたくて――」


「これはこれは、実にお見事ですね」


「!」


 跳ね上げた視線の先には、パチパチパチ、と手を叩く紳士がひとり。

 クレアのそれとも違う、艶めくルビーを溶かしたような鮮やかな赤髪に、深緑の瞳。

 纏うジャケットはなんだかあまり見かけないデザインだけれども、ひと目で仕立ての良さが伝わってくる。

 人目を奪う、穏やかな笑みを携える彼は、私と目が合うと更に瞳を和らげた。

 唇が柔和な弧を描く。


(ん? なんだかどこかで見たことがあるような……?)

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