第50話お茶会の洗礼でございます?

 会場である庭園内には垣根に沿って、談笑用のガーデンテーブルとチェアがいくつも並んでいる。

 そのうちの一つをエラと共に陣取って、お茶とお菓子をゆったりと楽しんでいると、今更ながら自分は本当にあのゲームの世界の伯爵令嬢に転生してしまったんだなあ……としみじみ。


「ティナ? どうかしましたか?」


「あ、いえ。本当に素敵なお茶会だなあと思いまして」


「ふふ。わたくしもこれまでの中で、一番に楽しいお茶会です。と言いますか……お茶会に"楽しい"という感情を抱くことが出来たのは、ティナと出会ってからなのですが」


「へ? そう、なのですか……?」


 エラならばそれこそ名だたる貴族が主催する、いろいろなお茶会に出ているだろうに。

 目を丸めた私に、エラは苦笑を浮かべ、


「わたくしにとっての"お茶会"は、社交の場であると同時に、まるで品評会のようでしたから……。こうして誰かと向かい合いながらお紅茶の香りに心を癒し、交わす言葉に胸を弾ませる時が持てるなど、夢にも思いませんでした」


 睫毛を伏せ薄く口角を上げるエラに、哀愁のかげり。


(そうだよね……。エラにはずっと伝統あるブライトン家のご令嬢っていう重圧だけじゃなくて、次期国王の婚約者って肩書まで背負わされていたんだもんね)


 だというのに!!!!!

 こともあろうかヴィセルフは嫌がらせ祭りだしね……!!!!!


(いやまあでも今のヴィセルフは、かなりというかかなりエラを大事にしようとしてるっぽいし……!)


 ともかく私の奮闘の甲斐あって、エラがヴィセルフとのお茶会を楽しいと感じるようになってくれたのならば、モブ令嬢冥利に尽きるってもの……!

 そして今日のこの、ヴィセルフが思うように動けないお茶会も、モブキューピットとしてしっかりお役目を全うしてみせる!


「エラ様のお紅茶、そろそろ無くなりそうですね。私、新しいモノを頂いてきます!」


「それでしたら、わたくしも一緒に……」


「いえ、すぐに戻りますので、エラ様はこちらでお待ちください」


 ギリギリまで理由を探してまで私を潜り込ませたヴィセルフのためにも、しっかり働かないとね!

 意気揚々と席を離れた私は、お紅茶がサーブされるテーブルへと向かう。

 道中、ちらっと確認したヴィセルフは、ダンのフォローを受けながらも挨拶まわり(といっても、ヴィセルフが招待客をまわるんじゃなくて、向こうから来ているみたいだけれど)に励んでいる。

 ちょっと顔が怖いけどね……!


「ええーと、お紅茶お紅茶っと……」


 さっきはストレートだったから、今度はミルクがいいかな。

 エラの好みを思い浮かべながら、新しくサーブされた紅茶と、小さなミルクポットを受け取る。

 ついでに気に入ってくれていた新作のピスタチオとベリーのラングドシャも、ソーサーに添えていこう。


 意気揚々とデザートコーナーへと踏み出した瞬間、私はピタリを足を止めた。

 視線の先。座るエラの元に、ご令嬢方が数名。

 その後ろではまるで順番待ちのようにして、談笑中の紳士がチラチラと横目で様子を伺っている。


「……もしかして、私がいなくなったから?」


 やっぱり、というか当たり前というか。エラに挨拶したい令嬢紳士はこの会場にわんさかいて。

 けれど私がずっと側にいるからと、遠慮していたのだろう。


(……まあ、この場合は遠慮なのか、避けられていたのか微妙なトコだろうけど)


 エラに挨拶をとなれば、私にも話しかけなければいけない。

 好き好んで辺境の伯爵令嬢に挨拶をしたがる貴族なんて、この会場にはいないだろう。


「……うーん、どうしようかな」


 このまますごすごと戻ったら、空気の読めない邪魔者一択。

 けれどもエラに今日は一緒にいてほしいって言ってもらえているし、エラのティーカップはもうすぐ空になってしまうし……。

 それに、せめて私がいる今日くらいは、"社交の場"ではないお茶会を楽しんでもらいたい。


(こんな時、侍女なら「お紅茶です」ってさり気なーくカップを持って邪魔しにいけるのになあ)


 うう、ご令嬢って不便すぎる。

 というか、私には伯爵令嬢よりも、侍女の方が向いている気がする。


「あれ? そういえば」


 脳裏に浮かんだ姿に、私はきょろきょろと周囲を見渡す。


「クレア、全然見かけていない気が……」


 今日はお茶会の給仕をしているから、困ったらおいでと言ってくれていた。

 けれどもまだ一度も、その姿を見ていない。


(人も多いし、忙しそうだし……タイミングが合わないのかな)


 困った時。それはまさに今。

 クレアがいれば、こうした時の立ち振る舞いも教えてもらえるのに……。


「とりあえず、ちょっと時間をおいてから戻ろうかな……」


 紅茶はきっと冷めてしまうだろうから、エラにはまた直前に淹れなおしてもらうことにして、これは私が頂こう。


(そういえば、ダンにスイーツの評判を探っておいてくれって頼まれてたしね)


 今が丁度いい機会なのかも。そんなことを考えながら、スイーツコーナーに辿り着く。

 定番のマフィンやマカロン、小ぶりのケーキなどと並ぶ、一口カットのチュロスやプリン。チョコ包みパイにフレンチトースト、ピスタチオのラングドシャ。

 あ、よく見たら軽食に混ざって、ポテトチップスやたまごサンドまである……!


(目新しさから遠慮されるかなって思ってたけど、減り具合も悪くなさそう……。特にポテトチップスとフレンチトーストなんて、もうなくなりそうだし……)


 出来ることなら、直接感想が聞けたら一番なのだけど……。


(私から話しかけるわけにはいかないし、歩き回って聞き耳たてるしかないかな……)


「まあ、御覧になって。あんなに嬉々として、今度は豪勢なお菓子に夢中のご様子よ。なんてはしたないのかしら」


「とうとうエラ様にも見限られたようでございますわね」


「あのドレスは一体、どなたに擦り寄って恵んでいただのかしらねえ」


「……ん?」


 ひそひそ、というよりは明確な棘を含んだ談笑に顔を向ける。

 と、そこには顔を寄せあう三人のご令嬢が。

 私と視線が合うと、「嫌だわ、今度は私たちに擦り寄って来ましたらどうしましょう」などといって、またクスクス笑っている。


(あー……なんか、見覚えのある光景)


 社交界デビューをした夜会では、ここまで明確な陰口はされなかった。

 記憶にあるのは、"エラ"としてプレイしたゲームの画面。

 ヴィセルフがエラを冷遇し続けたために、周囲から"仮初の婚約者"と囁かれていた時だ。

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