第49話モブ令嬢に優しすぎませんか?

 意気込んだ刹那、ヴィセルフが突然思い当たったように「もしかして」と顔を輝かせた。


「お前、俺のためにそのドレスを……!?」


「王城でのお茶会に招かれたとあっては、失礼のないよう最善を尽くすのは当然のマナーかと。ましてやこうした場に不慣れなティナに、特定の誰かを想っての身支度まで要求されるのは酷ではありませんか」


「そうだぞヴィセルフ。だいたい、ティナに招待状を渡したのだって五日前だろ? 本当、よく間に合わせてくれたな、ティナ」


「なっ……! 俺はそういうつもりじゃ……!」


「まあ、五日前……! それでは尚の事、準備に仕事にと休まる暇もなかったでしょう。ティナには侍女もないのですから。それでいても疲れの色を一切みせることなく、完璧なまでに愛らしい姿であれるなんて……。ティナは本当に頑張り屋なだけではなく、センスも良いのですね」


 心から尊敬いたします、と麗しく笑むエラに、ダンが「そうだな」と深く頷いて、


「ティナは珍しいお菓子だけじゃなくて、ドレスもこの国にはないデザインを知っているんだな。夜会での花飾りに続いて、そのドレスもこれから主流になるんじゃないか? いやあ、ティナの発想力には毎度驚かせられるよ。行儀見習いとはいえ、ただの侍女にしておくには勿体ないくらいだ」


 さすがは攻略対象キャラと言うべきな、爽やかスマイルでの賛辞。

 二人分のキラキラに思わず目が眩んでしまうけれど、「な、お前ら揃いも揃って……!」と声を荒げるヴィセルフになんとか目を瞬き、


「ええと、あの、お褒め頂き大変恐縮なのですけれど……。このドレス一式、私が用意したものじゃないんです」


 え? と。三人の声が重なる。

 私は「お恥ずかしながら」と苦笑を浮かべ、


「もともと交流も少なく、必要がなかったものでして……。幸い、同室の仲間に恵まれまして、このドレス一式は彼女が用意してくれたんです。わざわざ、私のために」


(部屋に帰ったら皆に褒めて頂けたよって、クレアに伝えよう)


 きっと喜んでくれるだろうな、と。

 なんだか私まで嬉しくなりながら告げた途端、


「ティナ」


 柔らかくもしっかりとした意図を持った指先が、私の両手を包み上げた。エラだ。

 するとエラはにっこりと、宝石もかすむ美しい笑みを浮かべ、


「次のお休みには是非とも、我が家に遊びにいらしてください。ドレスをいくつか仕立てましょう。わたくしからも、プレゼントさせてはくれませんか」


「へ? あと、大変ありがたいお申し出なのですが、私には着ていく場がありませんし……お気持ちだけで……っ」


「うーん、ここはやっぱりティナを従者騎士である俺付きの補佐にして、給料を上げてやるべきじゃ……?」


「ダン様まで!? 大丈夫です、お給料は充分な額を頂いてますから……っ!」


(あれ!? 私がドレスを持ってないって、そんなにマズいことなの!?)


 いやでも王城にいるのはあくまで侍女としてだし、今回がイレギュラーなだけで、仕事に支障はないと思うのだけれど……!


「……ティナ、お前」


 とどめとばかりの低い呟きに、ヴィセルフを見遣る。

 すると彼は、この世の絶望でも見たかのような顔で、


「この間、あの服を"手持ちで一等いい服"だって言ってたの、言葉の通りだったんだな」


「この間……」


 この間、この間……あ、街に行った時か。


「まさか"伯爵令嬢"がドレスも持ってねえとは……考えもしなかった」


「ええと、一言に"伯爵令嬢"といっても、色々ですので……。あ、でもでも、夜会用のドレスは一着ありますよ!」


「一着……。それ、社交界デビューの時にこさえた一着のみってことだろ」


「うっ」


 図星、と思わず態度にでてしまった私。

 ヴィセルフは深刻そうに額を抑え、


「……どうやら俺は、思ってた以上に見えてなかったみたいだな。根本から考え直さねえと」


「ヴィ、ヴィセルフ様?」


「そうと決まればこんな茶会はさっさと終いに――」


「へ!? 駄目です駄目です! まだ始まったばっかりじゃありませんか……っ! ご挨拶まわりもまだですし!」


「あ? ティナと話しただろ」


「そもそも侍女としてお仕えしている立場の私相手では、"ご挨拶まわり"に入りません……!」


 不満気なヴィセルフに、私は「それにそれに!」と言葉を重ね、


「私たちのお菓子が、城外の方々にどれだけ認めて頂けるのかの調査もまだですし。それに、その……」


「なんだ?」


 さっさと言えと眼力で圧をかけてくるヴィセルフに、私はええいと恥を飲み込んで、


「その、こうして綺麗に着飾ってもらえたのも、社交界デビュー以来でして……。も、もう少しこの姿のままでいたいといいますか……っ」


「…………」


(あああああああうんそうだよね!!!!!! 呆れられて当然だよね!!!!)


 綺麗な恰好をさせてもらったからまだ脱ぎたくない、だなんて。

 それこそ初めてドレスに袖を通した少女のそれだ。

 あまりに幼稚すぎたのか、ヴィセルフだけではなく、エラやダンまで黙りこくってしまっている。


(や、やってしまった……!)


 どうやら知らずのうちに、浮かれすぎてしまっていたらしい。


「あの、申し訳ありません……! 今のは忘れていただいて……!」


「おい、ダン。気は乗らねえが行くぞ。くだらねえ茶番はさっさと終わらせて、一秒でも早く戻る」


「挨拶まわりは下らない仕事ではないんだが、おおむね同感だ、ヴィセルフ。さ、ティナの為にも頑張ろう」


 スタスタと歩いて行くヴィセルフを追うようにして、ダンが歩き出す。

 と、「ああ、そうだ」と半歩ほど振り返り、


「言い忘れてたけど、何よりも綺麗だな、ティナ。またあとで」


(おわあ……さすが攻略対象キャラ……)


 ただのモブ令嬢の私にも、気遣いを忘れない。

 そしてなんともスマートで爽やか……!


(はっ! こんな姿を見たら、エラも"素敵な方だわ……"ってなっちゃうんじゃ……!)


 慌ててエラを見遣ると、何やら真剣な眼差しでダンの背を見つめ、


「これは……いいえ、既に想定していたこと。強引なことはなさらないでしょうし、あの方が暴走しそうとあらば真っ先に制止してくださると思えば……」


(ああああホラ!!! やっぱりダンの好感度上がっている!!!!!)


 それってダンが気遣いの出来るスマート青年なのは、既に気が付いていたってことですよね!?

 優しさがあって、ヴィセルフをも制止できる有能さにも信頼がおけるということですよね!!!!????


(ま、マズいーーー!!!!!)


「エッ、エラ様! ええと、私は普段ドレスを着る機会もありませんので、ヴィセルフ様のご配慮によってこのように素敵な会に参加できたことを嬉しく思っておりますし……! そうだ! 本日になんとか間に合った新作のお菓子もありまして、ぜひエラ様にご賞味いただきたく……」


「まあ、それはとても楽しみです。ですがやはり……」


 エラはそっと私の手をすくい取り、


「早急にティナのドレスを仕立てましょう。そして是非とも、わたくしの贈ったドレスで一緒にお茶会を」


「んん!?」


 花もほころぶ笑みには、溢れんばかりの好意。

 なんかほんっと私の周囲って、モブ令嬢にも優しい人ばかり……!

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