第48話侍女ではありますが、伯爵令嬢でもありました

「わあー……さすがは王子主催のお茶会……」


 右を向けば上品ながらも美しいケーキや菓子類が圧巻とばかりに並び、左を向けば華やかな装いの紳士淑女たちがこの日を喜ぶように微笑み合っている。

 そっと鼻腔をくすぐる、かぐわしい花々の香り。

 小川のせせらぎのごとく流れる心地よい音楽は、言わずもがなこの国きっての演奏家たちによる生演奏。


(なんだろう、魂の浄化ってこういう感じでやってそう……)


 あまりの非日常感にうっかり飛びかけている意識を必死に繋ぎ止めながら、招待状のチェックを受けて会場の中に入る。


(……さて、どうしようかなあ)


 会場に入ってしまった以上、ここからの私は王城勤めの侍女ではなく、お茶会に招かれたティナ・ハローズだ。

 社交界のルールに乗っ取って、伯爵令嬢としての振る舞いをしなければならない。

 ふと、脳裏に社交界の洗礼を受けた、夜会の記憶が甦る。


(……花は花でも、私がなれるのは壁の花かな)


 だって私には、この場に招かれるような身分の知人はいない。

 そればかりか、ここの集まっている方々は誰一人として、自分から声をかけていいような相手ではないだろう。


(せっかく着飾ってくれたのに、ごめんねクレア)


 せめて出来るだけクレアの目に触れないように、一か所でじっとしているよりはちょこちょこ動き回ったほうがいいかなあ……と思案していると、


「ティナ……!?」


 呼ばれた名に振り返る。すると、


「! エラ様……!?」


 頬を紅潮させ歩み寄ってくるエラ。

 そうだ、そうだよ。

 エラはヴィセルフの婚約者。招かれてて当然じゃん……!


「驚きました。もしかしたら会えるのではと淡い期待を抱いていたはいましたが……。今日のティナは、招待客なのですね」


 沢山お話できそうで嬉しいです、と微笑むエラ。

 その姿は軽やかなペールピンクのティードレスと相まって、上質で愛らしい薔薇の女神たる美しさだ。


「私も、エラ様にお声がけ頂けて一気に緊張が解れました……! 侍女としてはともかく、こうした場は不慣れでして……」


「それならば、本日はお茶会が終わるまで、わたくしのお相手をしてくれませんか」


「え? 私としては大変有難いお話ですが……その、お邪魔ではありませんか?」


 公爵令嬢であるエラならば顔見知りも多いだろうし、なんならこの機会に挨拶をと考えている人たちだって多いはずだ。

 私なんかが隣にいては、良い顔をされないと思うのだけれど……。

 そんな心配を滲ませた私に、エラは「とんでもありません」と首を振って、


「何よりも大切なティナとの時間をたっぷり頂けるのですから、わたくしとしても喜ばしい限りです」


 おわああああああ、優しい……っ!!! なんて心が広いのエラ……!!!!!

 いやまあエラの女神っぷりは知ってはいるけれど!!

 改めて身に染みるというか……やっぱり幸せになるべきだよね、うん!!!!!!!


「それにしても、ドレス姿のティナとは初めて言葉を交わしますが、想像以上に愛らしいですね。そのように水面をひとつひとつ丁寧に重ねたようなティードレスも目新しいですが、たおやかなティナによく馴染んでいて、いつまでも眺めていたいような心地にさせられます。……お仕立ては、ご贔屓の仕立て屋が?」


「あ、いえこれは……」


 刹那、ふと音楽が途切れた。

 控えめながらも興奮を帯びたざわめきに視線を向けると、いつもよりも華やかな衣装に身を包んだダンとヴィセルフが現れた。

 招待客が頭を垂れる。私も周囲に倣って、ドレスの裾を摘まみ上げ膝を折った。


 管楽器が鳴り響く。お茶会開始の合図だ。新たに流れはじめた音楽は先ほどまでよりも音が軽快で、なんだか心も弾んでくる。

 主催者であるヴィセルフは、これからダンと共に挨拶周りを始めるのだろう。


(婚約者とはいえ、エラのところに来れるのは暫くしてからかな)


 ならまずはお紅茶を頂きに……と、エラを振り返ろうとした刹那。


「ティナ!!!!!」


「へあっ!?」


 跳ねるようにして向けた視線の先。早足でまっすぐに歩いてくるヴィセルフの姿。

 その後ろからは、ダンが「あちゃ~」とでも言いたげに額に手を当てながら追いかけてきている。

 周囲から注がれる好奇の気配と、迫りくるヴィセルフの剣幕に、硬直。

 あっという間に眼前に現れたヴィセルフはピタリと歩を止めると、小さく息を乱しながら私をじっと見下ろし、


「…………よく、来たな」


「えと、ヴィ、ヴィセルフ様……」


(ど、どどどどどどうしたらいいんだろうこの場合!!!!!!)


 混乱にぐるぐると思考が回る。

 すると、静かに私の隣に進み出たエラが、スカートの裾を優美に摘まみ上げた。


「この度は伝統あるお茶会にお招きいただき、ありがとうございます。ヴィセルフ様」


 膝を折るその姿があまりに優雅で、さすがエラだなあ……なんてうっかり見惚れていると、ちらりとエラが私を見遣った。

 はっ! と気が付いた私も、エラに倣って「私にまでお心遣い頂き、ありがとうございました」と膝を折る。

 エラは私のために、助け舟を出してくれたのだ。

 するとヴィセルフは、「あ、ああ……」と、どこか気もそぞろな返事をして、


「ティナ、お前……。あーと、やればできるじゃねえか」


「……と、いいますと?」


「いや、てっきりお前のことだから、もっと地味……ゲフン、目立たねえ服で来るんじゃねえかと。それがその、なんだ……ちゃんと気合入ってるじゃねえか」


 しどろもどろに告げるヴィセルフは、なんだからしくない。


(ヴィセルフも自分が主催ってなると緊張するのかな……。エラもいて、失敗はしたくないだろうし)


 そういえば、ゲームでもエラってこのお茶会に呼ばれてたっけ……?

 記憶を探ろうとした刹那、ひらめいた。


(私をこのお茶会に呼んだのって、自分の緊張緩和とエラの孤立を防ぐため……!?)


 なるほど確かに、侍女として仕えている私相手に緊張なんてあり得ないし、主催であるヴィセルフは挨拶だなんだと忙しい。

 エラのエスコートが難しい現状、私がいればエラを一人にすることはないし、退屈させないよう給仕もバッチリ……!


 はあー! なるほど!!!!

 理解!! かんっぺきに理解しましたよ!!!!!


(言ってくれればいいのにー、相変わらずツンデレなんだから)


 そうとあればご期待に応えるべく、しっかりサポートをば……!

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