第46話王子のお茶会に招待されました

 どうして私の仕えるこの当て馬な王子様は、こんなにも突拍子がないだろう。


「ん」


 本日選んだお目覚めのお紅茶は、オレンジを煮出した優しくも甘酸っぱいフルーツティー。

 そこに蜂蜜を垂らしていると、ヴィセルフに一通の封筒を突き付けられた。


「ええと、どなたにお渡ししたらよろしいでしょうか」


 用意の出来た紅茶をベッドに運びながら尋ねると、


「お前にだ」


「私に??」


(毎日顔を合わせているのに、わざわざ封書を?)


 不思議に思いながらも、紅茶を手渡した後に受け取る。

 次の瞬間、満足げに双眸を細めたヴィセルフが、紅茶に口元に寄せながらとんでないことを言い放った。


「五日後に庭園で行われる茶会の招待状だ。ティナも参加しろよ」


「はい? …………はいいいいいいいいいいいっ!!?」


「朝からよく声でるな……」


 と、いったわけでして。


「どっ、どどどどどうしよう……っ!!!!!」


 自分は侍女ですので! とか、むしろ給仕の仕事がありますので! とか。

 思いつく限りの理由を並べ立ててなんとか断ろうとしたものの、ヴィセルフの態度は飄々たるもので。


「あ? 俺サマ直々の招待だぞ」


 そうですね!!!!

 王子自らのご招待を断れる立場の人間なんて、この国にはいませんよね……っ!!!!


(っていうかなんでわざわざ私を!?)


 いやまあ、ヴィセルフの気紛れは今に始まったことじゃないけれども。

 それにしたって、それにしたってでしょ……っ!!


(とにかく今は、現状をなんとかしないと……!)


 答えがあるのかないのか分からない真相を追うのは、後でだってできる。

 刻一刻と迫りくるお茶会の日程は、待ってはくれない……!


「ティードレスなんて持ってきてないんですけど……っ!」


 この国では庭園など野外で行われるお茶会には、通常のドレスとは異なる"ティードレス"なる服を着用しなければならない決まりだ。

 くびれを強調したかっちりドレスとは違って、柔らかな布地で作られたカジュアルなワンピース調のドレスで、今回のような格式の高い場では更に帽子の着用が必須になる。


 そもそもそうした社交の場とは、ほぼ無縁な辺境で育った私。

 万が一の為に、と数年前に父が用意してくれた一式があるといえばあるけれど……。

 帽子もドレスも、どう見ても随分昔の流行だろうなと察せるデザインだったし、そもそも果たして着れるのか。

 おまけに今から手紙を出して送ってもらうにも、五日で届くかどうかは微妙なラインすぎる。


(ゲームなら課金一発で解決なのに……!)


 さすがは乙女ゲームというべきか、本来のゲームでもドレスやら装飾やら、お金を出せば好きなように着飾れるシステムになっていた。

 けれど今はあくまで現実世界。

 机の引出しから小袋を取り出して手持ちの現金を数えてみるも、特にこれといった物欲のない私はお給料の殆どを実家に送ってしまっている。


 先日ヴィセルフと訪れた、あのいかにも流行最先端な街で一式を買えるだけの額だとは思えない。

 とはいえ次期国王であるヴィセルフの招待を無下にするような度胸なんて、もっとない。


(かくなる上は……借金……っ!!!!!!)


 覚悟に拳を握りしめた刹那、部屋の扉が開いた。クレアが戻ってきたのだ。

 私は神の助けとばかりに勢いよく土下座して、


「お願いクレア!!!!!! 街でいい金貸し所を知っていたら教えてください!!!!!!!」


「…………ひとまず、話し合いからしようか」


***


 仕事上がりにも関わらず真剣に耳を傾けてくれていたクレアは、私が一連の騒動を説明し終えるとニヤリと口角を吊り上げた。


「ふーん、なんだか面白いことになったね」


「私は面白くもなんともない……」


 死活問題なんだけど、と項垂れる私に、クレアが「まあ、そうだろうね」と小さく噴き出す。

 すると、少し考えるような素振りをして、


「……ひとつ、提案があるんだけどさ」


 どこか好奇を帯びた瞳が向く。


「ティナのティードレス一式、アタシが用意してあげるよ」


「え!? いいの!? はっ! えと、おいくらくらいで……?」


「お金はいらない。その代わり、ひとつ条件があるんだけど」


 クレアはニコッと猫でも見つけたような笑みを浮かべ、


「どんなドレスでも、ぜーったいにそれを着てお茶会に出てよね」




 そんなこんなで、ドキドキしながら迎えてしまったお茶会当日の朝。


「おはよう、ティナ。さ、楽しいお着替えの時間だよ」


 待ってましたとばかりにご機嫌なクレアに起こされ、あれよあれよという間に着替えが完了してしまった私は、鏡に映った姿を見てやっとのことで眠気が吹っ飛んだ。

 鏡前の椅子に腰かけ、丁寧に髪を解かれながら恐る恐る口を開く。


「えと、クレア。このドレス、本当に私が着ちゃっていいやつ……?」


「あれ? 気に入らなかった?」


「違う違う! そうじゃなくて……あんまりにも素敵なドレスだから、間違えてないかなって……」


 ティードレスは柔らかな布地を使うのが一般的だけれども、私の着るこのドレスは透け感のある布地を何枚も重ねて作られている。

 そのどれも微妙にニュアンスの異なる色の布地が連なっていて、動くたびに色の表情を変えて美しい。

 胸元や袖に飾られたレースは繊細ながらも華やかで、まるで満開の花々をまとっているような気分になる。


 気に入らないだなんてとんでもない。

 むしろ、中身が私でドレスに申し訳ないレベルだ。

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