第40話互いの秘密事は内緒でございます!
私は手の内で左右に小首を傾げているヒイヨドリへと視線を移し、視線を合わせる。
「ねえ。それ、私が貰ってもいいかな? 大事するって約束するから」
すると、ヒイヨドリは嬉し気に「ピ!」と鳴いて、私の手の内に羽をそっと置いた。
「素敵なプレゼントをありがとう。お花も大事にしてね」
「ピィ~~!」
満足げにくるりと回ってみせたヒイヨドリが、ダンの頭上でもくるりと円を描き、巣へと飛び去って行く。
辿り着いた先で夜光花にすり寄る姿に和んでから、私はポケットからハンカチを取り出した。
雪食虫の羽をそっと包み、ダンへと向き直る。
「ダン様。実は私、お化けが大の苦手なんです」
「……え?」
「実際見たことがあるとかは一切ないんですけれど、子供の時からどうしても駄目でして。歴代の王族の方々の肖像画が並んだ"王の間"とか、夜は絶対にひとりで入りたくないですね。あ、それに、王城の侍女だと二人部屋にしてもらえるじゃないですか。もう本当に助かってます!」
「いや……その、だな」
戸惑ったような眉の下で、ダンの瞳が揺れ動く。
「どうしたって急に、そんな話を俺に……?」
「へ? だって、ダン様の秘密事を知ってしまいましたから。私の秘密事も教えなければ、不公平じゃないですか」
「…………」
「さらに言うのなら、これでお互い安易に他者へは話せなくなるかなと。あ、ダン様を疑っているわけじゃありませんよ? ただ、やみくもに"誰にも話しません!"と宣言するよりも、私の苦手事も伝えておいたほうが、ダン様も安心できるのではないかと思いまして」
私の観測範囲では、今のところ、ダンがエラへと個人的にアプローチをかけている素振りはない。
けれども私が知らないだけで、エラのへの好意を育んでいる最中である可能性は高いわけで。
そうなると現状、エラと接する機会の多い私がいつ秘密を漏らすかと、ダンは気が気ではなくなってしまうだろう。
(そりゃあ、私的には、なにがなんでもエラとヴィセルフがくっついてほしいのだけれどね)
だからってダンの秘密をエラにばらすような、姑息な手は使いたくない。
だって私は悪役令嬢じゃなく、ただのモブ令嬢なのだから。
「私の誠意にかけて、互いの秘密は他言しないと誓います。必要でありましたら、誓約書にサインでもなんでも――」
「…………いや」
ふ、と。
ダンは小さく笑んだかと思うと、「ふっ、くく」と笑い声の漏れる口元に手を遣る。
「いや、悪い。なるほど……そうか。やっと俺も、わかったような気がするな」
「はい?」
見上げる私との距離を詰める、確かな足取り。
「サインは必要ない。その代わり、俺も"ティナ"って呼んでもいいか? 互いに秘密を共有する、親愛を込めて」
「それは構いませんが……。本当にそんなことでよろしいのですか?」
「ティナの"秘密"を知ったんだ。充分すぎるくらいだよ」
するとダンは「ああ、そうだ」と思い当たったようにして、
「俺のことも、"ダン"って呼んでいいからな」
「え!? いえいえいえいえさすがにそれは……! お立場というものがありますので!」
お気持ちだけいただきます! と叫ぶ私に、ダンは「そうか?」と残念そうに眉尻を下げる。
(なんかこのやり取り、少し前にエラともしたな……!)
なに? この間のヴィセルフといい、この国では侍女に敬称なしでさらっと名前を呼ばせるのが流行っているの???
そんな情報、ゲームでは一回も見たことないけれど!?
「……なあ、ティナ」
呼びかける声に思考を引き戻され、私はダンを「はい!」と見遣る。
と、ダンはどこか恥じるような苦笑を浮かべ、
「その、秘密の共有ついでに、ひとつ頼み事をしてもいいか?」
「なんでしょう?」
「そのクッキー。さっき一度断ったけれど、やっぱり一枚譲ってもらってもいいか? ティナがあんなに楽しみにしていたのに、横から奪っていくのは意地汚いとは思うんだが……」
「意地汚いだなんてそんな! 枚数はたっぷりありますし、良かったらご感想を頂けると助かります!」
私は急いで小袋を開き、ダンが手を入れやすいように「どうぞ」と向けた。
思えばダンがこうして何かを"欲しい"と主張するのは珍しい。
ゲームでの記憶を合わせても、婚約破棄されたエラを救うためにヴィセルフを裏切った時ぐらいしかないような――。
「んじゃ、失礼して。ありがとな」
指先でひょいと摘まみ上げたダンが、そのままクッキーを口元に寄せ、サクッと齧る。
途端、「ん!」と驚いたように目を丸め、
「なんだかこのクッキー、随分と軽いというか……噛まなくても溶けていくようだな。初めての感じだ」
「実はこのクッキー、ラングドシャといって、卵黄ではなく卵白を混ぜ込んで作っているんです。まさにサクッとした軽さと滑らかな口当たりが特徴的でして、この国では新しい食感かと」
いかがですか? と尋ねた私に、ダンは「そうだな……」とじっくり咀嚼して、
「美味いは美味いんだが、せっかく面白い食感なのに、ピスタチオがそれを邪魔している感じがするな……。口に残るというか」
「つぶ感がない方が楽しめます?」
「そうだな。俺はない方が好きだ。風味はいいんだけどな」
なるほど確かに、この国では新しいラングドシャの食感を楽しんでもらいたいのなら、下手にアクセントを入れないほうがいいのかも。
(私は前世で食べ慣れているし、料理人さんたちも職業柄ついつい凝っちゃうからなあ……)
たまたまとはいえ、ここでダンの意見を聞けて良かったかも。
「うーん、それならピスタチオはペースト状にしてから生地に混ぜて、間にベリーのクリームを挟むのもありかなあ……」
いっそクリームじゃなく、別でアイスとかムースを作って添えても美味しいかも。
(後で料理人さんたちと相談してみよ!)
「貴重なご意見ありがとうございます! ダン様に食べて頂けて助かりました」
「そうか? ティナにそう言ってもらえるのは嬉しいな」
照れたようにはにかんだダンは、軽く頬を掻いて、
「ティナ。これから何か困ったことがあったら、遠慮なく俺に頼れな。ティナには今日だけじゃなく、沢山助けられているし」
「へ? そう……でしょうか?」
「ああ。ティナにはその気はないとは思うけれどな」
からっとした笑みを浮かべるダンは、やっぱり爽やかで頼もしい。
(なんかよくわからないけれど、褒め方がすっごくスマートだ……)
うん。こりゃヴィセルフに虐められ続けたエラも、恋しちゃうわけだ。
(けれど今の、エラと距離が縮まりつつあるヴィセルフならきっと……!)
「互いの秘密の共有もしたことだし、これからはもっと二人で手を取り合っていこうな。ティナ」
人の良い笑みと共に、差し出された右手。
私も右手を差し出して、
「はい! 是非ともよろしくお願いします、ダン様」
交わした握手の遠くで、「ピィー!」と嬉し気な声が響いた。
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