第39話従者騎士様の苦手事

 するとヒイヨドリはダンの肩に「ピ」と止まり、夜光花を両の羽で抱きしめ喜んでいる素振りをする。


「ええと、すごく喜んでくれたってこと?」


「ピッ!」


 すると今度は私の小袋とダンの手の内を順に羽で示し、首を振った。

 ん? と首を傾げる私達に、今度は巣を示してから小さな胸元に羽を寄せ、広げて見せる。

 途端にダンが思いついたようにして、


「もしかして、他にも持っていけって言っているのか?」


「ピィー!!」


 その通り! とでも言いたげに何度も首を縦に振るヒイヨドリ。

 その気持ちも仕草も「可愛い~~!」と叫び出したくなるほどの衝動が溢れてくるのだけど……。


「うーん、俺は見つかったコレで充分だしなあ。何か欲しいモノあるか見てくるか?」


「へ? いえ、私もこのクッキーがあれば満足です」


「そうか。……そういうことだから、気持ちだけ受け取っておくな」


 ダンの苦笑に、ヒイヨドリは不満気に「ピィ~~~……」と低く鳴いて、さっと飛び立ってしまった。


(お、怒らせちゃったかな……?)


 過った刹那、ヒイヨドリが再びスピードを上げて戻ってきた。

 くちばしには花ではなく、なにかキラリと光るものを咥えているようで……。


「何か持ってきたみたいだな」


 ヒイヨドリが止まれるようにと、ダンが右腕を軽く上げる。

 その腕に見事着地したヒイヨドリは、「ピッ!」と自信たっぷりに咥えていたそれをダンの鼻先に掲げ――。


「う、うわあああああ!?」


「ダン様!?」


 けたたましい叫び声と共に、ダンが尻餅をついた。

 拍子に放り出されたヒイヨドリが、慌てて駆け寄った私の頭上に着地する。


「だ、大丈夫ですか!?」


「あ、ああ! なんでもないんだただ少し足が……そう! 足が何かに引っかかっただけで!」


(うん。なんかすっごい声裏返ってる)


 明らかな動揺をうまく取り繕えていないダンは、おまけに私から距離を取るようにして、じりじりと後ずさっていく。

 その様子は立ち上がるよりも、私から少しでも離れたいといった風で……。


「ピ」


 頭上から不安気な声がした。ヒイヨドリだ。


(もしかして、ダンは私じゃなくてこの子から逃げてる?)


 ダンが妙な行動をとったのは、ヒイヨドリが持ってきた"何か"を見た瞬間だった。


「私にもそれ、見せてもらってもいい?」


 頭上に話しかけながら両手で着地点を作ると、ヒイヨドリが降り立った。

 私は思わず息を呑む。


「これは――もしかして、雪食虫ゆきはみむしの羽?」


 雪食虫というのは冬の雪降る最中に現れる、蝉のような体躯をした、これまた珍しい虫のことだ。

 その身体は真っ白で、羽の模様は陽があたると七色に輝き、それはそれは綺麗なのだけど。

 乾燥させたその羽を細かく砕いて口にすると、たちまち身体が氷のように冷たくなり死に至るという、ちょっと取扱注意な虫でもある。


「すごい。珍しいモノを持っているのね」


「ピ!」


 ヒイヨドリが得意げに胸を張る。

 すると、やっとのことで立ち上がったダンが、「ええとな」とそのままの位置で、


「そんなに大事なモノを受け取るなんて出来ないからな。気持ちだけありがたく貰っておくから、それはキミが――」


「ピィ~~!」


「わわっ! や、コホン。本当に、その、俺たちは満足してるから……! な!」


 らしくない様子に、私はピンときた。


「……もしかしてしてダン様。虫がお嫌いだったり……?」


「!!」


 ピタリとダンが静止する。


(あ、これビンゴでは)


 けれどもダンは即座に笑みを貼り付けた。

 とはいえその顔は、なんとも作り物めいている。


「は、ははっ! そんなまさか! ヴィセルフの従者騎士である俺が、虫が嫌いだなんて――」


 必死に言い募るダンは誤魔化しているつもりなのだろうけれど、明らかに挙動がおかしすぎる。


(ゲームでのダンって、気遣いも完璧! 人望も集まる頼れる爽やかお兄さん、って感じだったけれど……)


 もしかすると実際は、ヒロインであるエラの前だったから、醜態を晒すまいって必死に隠していたのかも。


「ふ、ふふ」


 こみ上げてきた微笑ましさに、私は思わず吹き出す。

 それからどこか焦燥を浮かべるダンを見上げて、


「申し訳ありません。その、なんだか安心してしまって」


「あ、安心……?」


「はい。ダン様も、私と一緒で苦手なモノがおありなんだなって。同じ人間なのだから、苦手のひとつやふたつあって当然ですよね」


「……っ!」

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