第34話詐欺に遭いそうです!?

「さっすが列の出来る人気のカフェ! お紅茶もケーキも美味しかったですね」


 お腹いっぱいです! とパツパツのお腹をさすりながら告げる私に、ヴィセルフは「そうか?」と眉を寄せて、


「いつも食ってるやつのが美味いだろ」


「素材も技術も一級品な王城と比べたらダメですよー。あ、でも料理人さんたちは、みんな喜ぶと思いますけれど」


 帰ったらヴィセルフが褒めてたよって教えてあげよう。

 心のメモにしっかりと書き留めている最中も、ヴィセルフはまだ不満そうにして「あの程度であんなに並ぶのか……」とぼやいている。

 とはいえちょっぴり、私も物足りなさを感じてしまったのは事実で。


(舌が肥えるとは、まさしくこのことだなあ)


 妙に納得した心地に浸りながら、私達は大通り中央の噴水広場まで戻ってきた。


「そろそろお戻りになられますか?」


 結局、ヴィセルフは何一つ買い物などしていない。

 けれどエラとのデートの下見と思えば、充分なほど見て回った。


 なんだかんだ、ゆっくりしてしまったし。

 護衛も連れていないのだから、ほどほどで帰らせないと。

 すると、見上げたヴィセルフは「そうだな……」と思案するような素振りをして、


「そこに座れ」


「はい?」


「いいから、座れ」


「は、はい!」


 言われた通り、大急ぎで示された噴水の石縁に腰かけると、


「俺が戻るまで、そこから一歩も動くなよ。いいか、絶対にだ。……すぐに戻る」


「は、はあ……」


 くるりと背を向けて、足早に歩いていくヴィセルフ。


(トイレかな……?)


 いや、乙女ゲームの世界にトイレって概念を持ち込んだらいけないのはわかっているけど。

 実際私達は生身の人間なわけだし、馬車ってけっこう揺れるし。


 ともかく待てと言われてしまった以上、大人しく待っているしかない。

 地元とも王城とも違う、街独特の風景をぼんやりと眺めながら、背後で絶え間なく変わり続ける噴水の音に癒されていると、


「……もし、お嬢さん」


「はい? 私……でしょうか?」


 声のした方へ顔を向けると、ボロ布のマントにくたびれた帽子の目立つお爺さんがひとり。

 皺の深い顔でにたりと笑むと、


「そうじゃ、そうじゃ。お嬢さん、ちょっと特別な力を持っておるね?」


「え……と?」


「いい、いい。わざわざ口にせんでも、ワシにはわかる。だからの、こういったのは、普段は出さないんだがの」


 いいながらお爺さんは、マントの内側で布製の小袋をごそごそと探った。


「おおー、あったあった!」


 オーバーアクション気味にもったいぶって差し出された手の上には、赤い石の小さなペンダント。

 つるんと磨かれた宝石ではなく、ごつごつとしていて、本当に"石"といった風貌をしている。


「"魔岩石"、という石を知っておるかね?」


「それってもしかして……隣国が採掘している、あの"魔岩石"のことですか?」


 この国では人口のほとんどが、大なり小なり、何かしらの魔力を保持している。

 使用者は自身の身体を媒介とするのだけれど、隣国では、魔力は"宿る"ものではなく"扱う"ものとされているらしい。


 とある特別な山で採れる"魔岩石"には、その名の通り、魔力が宿っていて。

 使用者は自身に適合するよう加工した後、石に宿る魔力を呼び覚ますんだとか。

 つまり"魔岩石"は、隣国における魔力の核ってこと。


(適合者の素質によって、扱える"魔岩石"も呼び覚ませる魔力も変わるって、どこかで聞いたような……?)


 ともかく早い話、この国における"魔岩石"はあくまで嗜好品の類。

 けれども隣国にとっては、いわば国力の源。

 この国での流通はほとんどなく、ほんのひと欠片でもとんでもない値がつくとかなんとか……。


「そうじゃ、そうじゃ! よく知っているの」


 お爺さんは嬉し気にガタガタの歯を見せながら笑って、


「本当ならコイツは、金などいくらでも払うからと欲しがってくるような輩の為にこっそり仕入れているんだがの。どうにもお嬢ちゃんからは特別な気配がしてならんし、これも何かの縁じゃ。今なら三百カピーで譲ろう」


「……へ? あの、別に私は……」


「なあーに! ワシのことは心配いらん。この石にはちょいとばかし愛着があっての。下手な愛好家の手に渡るより、この石の選んだ者の元にいってくれたほうが、ワシも嬉しいものよ」


「いえ、ですから……」


(ぜんぜっん話聞いてくれないなあ!?)


 いやそもそもとして、私は別に"魔岩石"には興味ないしね!?

 おまけに三百カピーって、前世の三万円相当だし!?

 なんかお値打ち価格感だされているけど、買えるわけないって……!


「あの、本当に私は……っ!」


「なにを悩むことがある。この機を逃したら、もうこの子とは出会えんよ。手持ちがないのなら、いい金貨しを知っているんじゃが……」


「おい、何してやがる」


 突如響いた低い声に、お爺さんが「ひっ!」と喉を鳴らして飛び上がる。

 視線を上げると、そこには仁王立ちのヴィセルフが。

 腕を組むその顔は帽子の影を落としていて、ただでさえ険しい顔が迫力三倍増しになっている。


「テメエ、俺サマの連れに許可なく声かけるたあ、いい度胸だな」


「ひゃ! もっ、申し訳ございません……っ! てっきりお嬢さんひとりでのお出かけかと……っ!」


 ぶるぶる震えながら土下座をするお爺さんに、私は慌てて「えと、ヴィー!」と立ち上がる。


「お爺さんとは少しだけお話をしていただけです! ほら、お爺さんも大丈夫ですから」


 骨ばった肩を支えて立ち上がらせた私を、「話、なあ……」と薄眼で見ていたヴィセルフは、


「大方、しょうもねえガラクタでも押し売りされそうになっていたんだろ」


「え、なんでそれを!?」


「大当たりじゃねえか……。ったく、俺には躊躇なくいらねえって即答しやがるくせに……ん?」


 途端、ヴィセルフはお爺さんの手元に視線を固定したかと思うと、にやりと悪い笑みを浮かべた。


「へえ……面白いモノ持ってるじゃねえか。その"魔岩石"、本物か?」


「ひぃっ! わ、ワシはあくまで渡されるがままに仕入れておるだけでございますので、信じるかどうかはお客様次第でありまして……!」


「え!? お爺さん、さっきはいかにも本物っぽい話しぶりで――」


「それはそっちが勝手にそう思っただけじゃろ! ワシは"本物"だなぞ一度も言っておらん!」


 なにそれ!? 詐欺じゃん!?

 唖然とする私とは対照的に、ヴィセルフは淡々と、


「いくらだ?」


「「…………へ?」」


 私とお爺さんの素っ頓狂な声が重なる。

 それでもヴィセルフは特に臆した様子もなく、


「だから、ソイツはいくらだって訊いてんだ」


「え!? ヴィー、買うつもりで!? 本物かどうかもわからないのに!?」


「そうだ」


 瞬間、さっと青ざめたお爺さんは音がしそうな勢いで首を左右に振り、


「ややっ! 真偽もわからん小石にお代なんて滅相もございません!! どうぞ、こちらは貴方様がお納めください……! さあ!」


 目を疑いたくなるほどの俊敏さで、ヴィセルフにさっとペンダントを受け渡すお爺さん。

 今のうちにとでも言いたげに、「じゃ、ワシはこれにて……!」と、ほんの数秒で人混みに紛れてしまった。


(なんか……街って色んな人がいるんだなあ)


 って、今は感慨にふけってる場合じゃなくて。


「それ、どうするおつもりです?」


「あ? あー……そうだなあ」


 なにやら石をじっくりと眺めたヴィセルフは、ほどなくして、にっと口角を吊り上げた。


「こりゃ"本物"だな。……みてろ」

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