第33話私のお買い物ではありません!
さて。
多少、人目(主にご令嬢方からの熱い視線)を感じるものの、正体に気づかれた様子はなく。
無事に大通りの喧騒に紛れ込み、さっそくとヴィセルフのお買い物とやらに向かおうとしたところ。
「お目当てのお店はどちらです?」
わざわざ馬車が大通りの側に止まったのだから、目的の店もきっとこの近くのはず。
尋ねた私に、ヴィセルフは「ああ……」と周囲をぐるりと見て、
「店は決めてねえ」
「……はい?」
「ティナの好きなように過ごしてみろ」
「わ、たしの好きなように……ですか?」
「そうだ」
ん??? どういうこと?????
(買いたいモノはあるけれど、取り扱っている店がわからないってこと??)
でもこの世界では、商店は大抵が専門ごとに分かれている。
欲しいモノがあったとして、向かうべき店の予測くらいはつきそうなものだけど……。
(それに好きにしろって言ったって、ヒントくらいないとなあ)
やみくもに歩いて、正解の店を引き当てられる自信はない。
戸惑う私に気づいたのか、ヴィセルフは「あー……」と思案するように視線を彷徨わせた。
「買うモノはまだ決まってねえ。俺よりはティナの方が、こういった場所での楽しみ方を知っているだろ。金は俺が出す」
ええと、つまり要約すると、『街でぶらぶら買い物でもしたいけれど、王城育ちだから店の入り方もよくわからない』ってことかな。
正直、人選ミスでは? という気がしないでもないけれど、ここには私しかいないしね!
「わかりました、ヴィセ……じゃなくて、ヴィー。ではまずは、あちらの飾られた万年筆の美しいお店でも覗いてみましょうか」
「ああ。……万年筆が欲しいのか?」
「へ? いえ、私は支給されているペンで充分間に合っておりますが……」
「そうか」
なんだか考えるような素振りをするも、大人しくついてくるヴィセルフ。
うーん、お店のチョイスが悪かった……ってわけではなさそうだけれど。
(なんか引っかかるなあ)
店内に入ってからも、私がガラス製の万年筆や繊細に染められた用紙に感動するたびに、
「それが気に入ったのか?」
「欲しいのか?」
と、やたら聞いてくるヴィセルフ。
それは店を出てからも続いて、私が何かに声をあげるたびに、
「そういうのが好みか?」
「買うか?」
の連続。
これじゃまるで、ヴィセルフの買い物じゃなくて、私の買い物だ。
(うーん、確かにヴィセルフは欲しいモノなんてすぐに手に入るだろうし……私に何か買い与えて、買い物気分を味わいたいとか?)
でもそれなら、そこまで私の趣味とか好き嫌いまで気にしなくてもいいような……。
(あ、もしかして)
ひらめいた。
ひらめきましたよ……!
(もしかしてこれって、今度エラを誘って街デートしよう的な下見では……!!!!)
あー、なるほどね!
先日は温室のお茶会からワンランクアップして庭園の散歩に繰り出してたし、次のステップで街デートなわけか!!
(それで妙に私……というか、"女性"がどんなものを好むのかって気にしてるってこと!)
激しく納得!!
あー、すっきり!!
生まれも育ちもまったく違う私の好みがエラに適用されるかは、微妙なところだけれど。
いちおう同じ"女"であるのだから、きっとヴィセルフよりは感性が近いはず。
よーし、そうと分かればここは張り切って、人気そうなデート場所を探しながら……!
「おい、あの店はなんだ?」
尋ねる声に思考を引き戻し、ヴィセルフの示す方をみる。
店外には目を輝かせるご令嬢が数名。婚約者と思われる紳士と腕を組み、店内に入っていくご令嬢も。
近寄ってみると、どうやらアクセサリーショップみたい。
お値段もお手頃で、ご令嬢方が集うのもわかる。
「人気なのも納得の可愛さですね。こちらのブローチはお茶会に合いそうですし、あ、こっちの大振りの首飾りなんかは、夜会向けですかね」
「……欲しいのか」
「いえいえ、とんでもございません! 私には付けて行くお茶会も夜会もありませんし。先日エラ様から頂いたバレッタも、まだ本来の使い方は出来ておりませんしね」
すると、ヴィセルフは少し妙な顔をして、
「……宝飾品ってのは、使う使わないは関係ないんじゃないのか。売りさばけば金になるし、それを持っていること自体が価値になることだってある」
「あー……確かに、そういった"価値"もあるでしょうけど。でもやっぱり私は、本来の使い方が出来てこそだと思っておりますので」
なので、私には必要ありません!
きっぱりと断ると、ヴィセルフはなぜか小さく噴き出した。
「くっく、確かにそういう女だな、ティナは」
行くぞ、と店から離れたヴィセルフを「へ? あの、ヴィー」と追いかける。
と、ヴィセルフは立ち止まり、
「なんだ?」
「あの、本当に中に入らずとも良かったのですか? 人気のお店のようでしたし……」
それこそ私には必要ないけれど、エラならきっと招待も多くて活用できそうだし……!
そんな胸中の叫びが届くはずもなく。ヴィセルフは「いらん」と端的に却下すると、
「それよりも喉が渇いた」
「あ……っ、でしたらどこか、カフェでお茶にいたしましょう!」
そうだ! デートいえば二人でのティータイム!
周囲の視線を気にしつつも、いつもと違う雰囲気に新たなトキメキを感じ。
お紅茶はいかがなさいますか? こっちのケーキもうまそうだぞ、なんて普段はぎこちない会話も自然と弾むもので……っ!
(よし、見えた!! カップルやご令嬢方の羨望の眼差しを受けながら、互いに頬を染める二人!! できればテラス席希望!!!!)
そうと決まればどこか近くにいい感じのカフェは――。
「――っ!」
瞬間、視界の端に過った影に、脚を止めた。
(え!? くーちゃん……っ!?)
ばっと勢いよく顔を向けた先。
そこにはショーウインドウに飾られた、黒くてもふっとした熊のぬいぐるみが。
「だ……よね」
(当たり前じゃん。だってこの世界に、くーちゃんがいるはずない)
なのに私ったら、なに落胆してるんだろ。
「どうかしたのか?」
「わ! っと、ヴィー」
ひょいと横から顔を覗かせたヴィセルフが、「熊のぬいぐるみ……?」と私の視線の先を追って怪訝そうな顔をする。
「コイツがどうかしたのか?」
「あ、いえ。ちょっと……以前、可愛がっていた犬と見間違えてしまって」
「おま……熊に似た犬って、まさか子熊じゃないだろうな」
「ち、違います! ちゃんとした犬です! それに、一瞬だったから間違えただけで」
じっと私を見つめる熊のぬいぐるみに、くーちゃんの面影が重なる。
「その子はもっと狐のように耳が三角で、鼻先も尖ってて、身体は長いのに短足で。あ、それに、おでこから鼻先にかけてと、手足だけは真っ白なんです。この熊ちゃんと似ているのは、真っ黒な色と、目がつぶらなところだけですね。……可愛い子だったんです、本当に」
「…………」
「あ、申し訳ありません! つまらない思い出話でお時間を取らせてしまって。えっと、カフェです! カフェに向かいましょう!」
さあさあ! と気を取り直して歩を進める。
ヴィセルフは「……そうだな」とそれ以上は尋ねずに、後を付いてきた。
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