第32話王子と街にお出かけでございます

 ヴィセルフの気まぐれは、いつだって唐突なものでして。


「昼過ぎから街に出る。王城の侍女だと分からない格好をしてこい」


「…………はい?」


 お目覚めと同時に告げられた外出宣言。

 え? 私が同行するの!? と目を白黒させるも、ヴィセルフの中では既に決定事項。


 大急ぎでマランダ様に事情を伝え、丁度お昼休憩をとっていたクレアに着替えを手伝って(というか、指導して)もらって。

 ヴィセルフ様ご指定の門前に小走りで現れた私に、細長い眉が片方ピクリと上がった。


「おま……いくら分からないようにったって、それは地味すぎんだろ。仮にも俺サマとの外出だぞ?」


 両目を細めるヴィセルフ自身はというと、刺繍のない単色ベストに、これまたシンプルなロングコートを羽織っている。

 けれどどちらも、素材は明らかにお高……いや、ちゃんと仕立てられた品だとわかる上品さ。

 顔バレ防止のためか、その頭には珍しく帽子までかぶっているけれど、きちんと調和が取れている。


 上流階級とまではいかなくとも、いい所のお坊ちゃまという風のスタイル。


 対して私は王城にお勤めにあがった時に用意した一張羅のドレスだけれども、所詮は辺境の伯爵家が用意できる代物。

 ちょっとくらいの汚れや年齢は気にせずにすむ茶系が基準で、刺繍も控えめ。


 一緒に歩く姿はきっと、友好関係にあるご令嬢というよりは、お坊ちゃまのお出かけに付き添う侍女ってところだろう。


「えと、申し訳ありませんヴィセルフ様。これでも手持ちで一等良い服でして……。あ、ならばせめて! 先日エラ様に頂いたバレッタを今すぐつけて――」


「いらねえ。おら、行くぞ。乗れ」


 あ、やっぱりこの服には釣り合わないか。


(準備、クレアに手伝ってもらってよかったあ)


 本当はせっかく頂いたモノだし、ちょっとは着飾るべきかなって付けようしていたのだけれど。


「うーんと、今日はソレ、付けて行かない方がいいと思うよ」


 微妙な顔をしたクレアのアドバイスによって、断念してきたのだ。


(さっすがクレア……! ファッションセンスも安心安全のハイスペック!)


 待機していた馬車は、もちろん街中でも王族とはバレない簡素な見た目をしている。

 先に乗り込んだヴィセルフの手を借りて乗り込むと、ばたむとドアが閉められた。


「あれ? ダン様は……?」


 と、ヴィセルフはふいと窓外へと視線を逃がし、


「こねえ」


「へ? よ、良いのですか?」


「いい」


(いいの?? 護衛なしで????)


 そうこうしているうちに、馬車が走り出してしまう。

 途端、ヴィセルフがちらりと私を見て、


「そういうことだから、俺の側から離れるなよ」


「…………」


 あー、なるほどなるほど。かんっぺきに理解しましたよ。

 確かにいくら変装しようと、ヴィセルフは街中では目立つ部類。

 それはダンも一緒だし、二人が揃って闊歩して注目を集めては、ヴィセルフが"王子"だってバレるリスクが上がるわけで。


 そこで白羽の矢が立ったのが、地味で華のない私。

 つまり私は、お忍びなヴィセルフの護衛を兼ねた荷物持ち……!!


「承知しましたヴィセルフ様! 侍女としての矜持をかけて、必ずやヴィセルフ様をお守りしてみせます!」


「…………は?」


 まあ正直、私の魔力で戦えるかっていうと無理に近い感じなんだけどね!

 でも足の速さだけは自身があるし、大声を出すとか囮になるとか、何かしらやりようはあるでしょ!


「ところでヴィセルフ様。わざわざこのようにご身分を隠されてまで、街になんのご用事ですか?」


 途端、ヴィセルフは虚を突かれたような顔をした。

 それから「あー……」と言い難そうに窓の外を眺め、


「……買い物だ」


「……ヴィセルフ様が自ら街でお買い物、ですか?」


「……そうだ」


 言わずもがな、ヴィセルフは王子。

 欲しいものがあるのならば、それこそ一言命じれば済むだろうに。


(人には知られたくない買い物なのかな……)


 よくよく考えてみれば、ヴィセルフも思春期真っ盛りの男の子だもんねえ。

 うんうん。ここは前世でとっくに成人を迎えた大人のお姉さんとして、ヴィセルフが何を買おうと黙って見守ってあげよう……!


◆◆◆


「わあ、街だあ……!」


 レンガ造りの街道には、大声を飛ばす商人に、行き交う人々。

 ガラガラと通りすぎる馬車は忙しなく、集うご令嬢のドレスはどれも華やかで、流行の最先端が取り入れられている。

 社交界デビュー以来の懐かしい光景に声を上げると、ヴィセルフが怪訝そうな顔をした。


「この間も通っただろ」


「エラ様のお見舞いの時は、とても景色を楽しむ余裕なんてなかったんです!」


「だとしても、休みの日だってあるだろうが」


「……お休みの日も、王城から出たことはないです」


 そうなのだ。生活における最低限の品物は支給されるし、これといって欲しいものもない。

 人によってはやれお茶会だ息抜きだと、休日のたびに街に繰り出しているようだけど、私にお茶会の招待状が来るはずもなく。


 かといって一人で街に出るのも大変そうだしなあ……と、休日は基本的に自室でまったりライフを過ごしている。

 あ、でも近頃は、新作スイーツ開発が忙しくて、食堂に入り浸ることも増えたかな。


「……そうか。なら、好都合だな」


 小さく落とされたヴィセルフの声に、馬車が止まる音が重なった。

 うまく聞き取れなかった私が訊ねると、ヴィセルフは「別に、大したことじゃねえ」と話を切って、開かれた扉から降り立つ。


「ん」と。当然のように差し出された手に、「ありがとうございます」手を重ねて降り立った。

 前回もそうだったけれど、私みたいな侍女相手にも、ヴィセルフはちゃんと紳士だ。


 馬車は大通りから少し離れた小道に止まったようで、周囲は住宅が多く、歩く人はほとんどいない。


「さて、どこへ向かいましょうか。ヴィセルフ様」


「ヴィ―だ」


「はい?」


「ここでは俺を"ヴィー"と呼べ」


(え? 本気です????)


 あーでも、確かに。

 いくら変装してたって、私が"ヴィセルフ様"なんて呼んでたら一発でバレるか。


「かしこまりましたヴィセ……じゃなくて、ヴィー……さま?」


「おい」


「申し訳ありません! えと、ヴィー」


 おわー! なんだ?????

 身分を隠すためとはいえ、なんかめちゃくちゃ気恥ずかしいな!!!!?????


(っていうか明らかに付き人って感じの私が"ヴィー"とか親し気に呼んじゃってるのもなんか怪しくない!!!!????)


 けれどその突っ込みが間に合わなったのは、


「……よし、行くか」


(おっわあ……なんかすっごく嬉しそう……!)


 明らかなご機嫌顔で言われてしまっては、よし、こっちが慣れるしかないな! と腹をくくるしかありません……!

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