第35話王子にペンダントを頂きました

 え、と。

 零しかけた言葉を飲み込んだのは、ペンダントを握ったヴィセルフの手の内が光を帯びたから。

 柔い風がヴィセルフの髪を散らし、好奇に満ちた赤い瞳を露わにさせ、弾ける光を反射する。

 ふと、風が止んだ。ヴィセルフが「こんなもんか」と掌を開く。


「わ、あ……!」


 差し出された手の内を覗きこんだ私は、思わず声を上げた。

 先ほどまで鈍色の赤石だった"魔岩石"が、内側に炎のような柔い小さな光をいくつも灯し、ゆらゆらと蠢いている。

 まるで水槽の中を泳ぐ、金魚のよう。


「"魔岩石"が灯るところ、初めて見ました! こんなに素敵に光るんですね……!」


 ん? でも、ちょっと待って……?


「あ、あれ? 確か私の記憶だと、この国の人は"魔岩石"を灯すことも出来なかったはずじゃ……」


「基本的にはそうだな。だからこそ、真偽の判別もつかねえんだろうが」


「え? じゃあヴィーはまさか、実は隣国の出身だったり……?」


「ちげえ。……隣国は友好国のひとつだからな。見知ったヤツがいるんだ。昔、ソイツには出来て俺サマに出来ねえのが納得いかなくて、出来るまで付き合わせたことがある」


「それは……その方の心中お察しいたします……」


「言っておくが、ソイツはソイツで出来ねえ俺サマを笑って楽しんでやがったからな。ガキんときから性格ひん曲がってやがる」


 心底忌々し気に鼻を鳴らしたヴィセルフは、はっとしたように頭を振って、


「いや、ソイツのことはどうでもいい。……ほら、手出せ」


「へ?」


 言われるままに両手を差し出すと、「ん」とペンダントが乗せられた。


「やる。肌身離さずつけておけよ」


「え……えええええ!?」


「声がでけえ……」


「だ、だって、コレ、本物ですよ!? むむむ無理です恐れ多すぎて受け取れません……!」


「あ? ティナ、お前アイツからの贈り物はすんなり受け取りやがったくせに、俺サマからは受け取れねえって言うのか?」


「だって価値!! そもそものお値段が全然違って……!」


「それを言うなら、アイツから受け取ったやつのが金使っているだろうが。俺のソレは貰いもんで、金は使ってねえ」


 あれ? 言われてみれば確かに???

 一瞬納得しかけた私に追い打ちをかけるようにして、ヴィセルフは軽いため息をつくと、


「俺に出来るのは灯すまでだ。持っていたところで、ソイツが扱えるわけじゃねえ。だがソイツには、俺の魔力が注いであるからな。ティナが持っていれば、何かと役に立つこともあるだろ」


「何かと、ですか……?」


「お前、自分で歩いて誘拐されていきそうだしな。さっきみてえに」


「な……! さっきだっていちおう買っていませんし、さすがに怪しい人についていくほど間抜けでは……!」


「その"怪しい人"って考えがすでに危ねえんだが……、ともかく」


 ヴィセルフはずいと私に顔を寄せ、


「ティナが受け取らねえんだなら、ソイツはただの小石だ。ソイツに役目を与えるか否か、ティナが決めろ」


「ええ……」


 私がいらないと言ったなら、ヴィセルフは一切の未練なくこの石を砕くだろう。

 人によっては、喉から手が出るほど欲しがる"魔岩石"でもだ。


(そんなの……もったいなさすぎる!)


「謹んでお受け取りいたします!」


「そうか。……ほら、来い」


「はい?」


「肌身離さずつけておけって言っただろ。つけてやるから、貸せ」


「つけ……!? ななななりません! 今は"ヴィー"とはいえ、そんなことをさせるわけには……!」


「うっせぇ、さっさと寄こせ」


 じれったそうに近づいていたヴィセルフが、するりと私の内からペンダントを引き抜く。

 いやだって確かに今は変装しているとはいえ! あなたは一国の王子でしょうよ……!

 はくはくと口だけを動かす私の肩を掴み、「ほら、後ろ向け」とくるりと回すヴィセルフ。


「じっとしてろよ」


「……!」


 ええーい、ここまで来たらもうどうにでもなれ……!

 ヴィセルフの手が首の両脇を通り、髪をそっと退ける感覚。

 背後の、息を潜める気配と、ペンダントのチェーンから伝わる振動が、なんだか妙に落ち着かなくさせる。


「……ほら、出来たぞ」


 仕上げとばかりに首後ろの髪を整えた指先が離れ、ヴィセルフが覗き込むようにして私の首元を確認する。


「似合うじゃねえか」


「あ、りがとうございます……」


 王子になんてことを、という居たたまれなさと、妙に近しい距離での接触に、心臓が跳ねうろたえる。

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