第27話エラにスカウトされました

(ど、どうしよう!? ヴィセルフ差し置いて受け取るなんて……っ)


 でもそんなことしたら、嫉妬の嵐あめあられ確定じゃん!?

 背に汗を浮かべながら停止する私に、エラはすっと切なげに瞳を伏せ、


「迷惑……でしたでしょうか」


「いえ、ぜんっぜん迷惑なんかではありません! このティナ、喜んで受け取らせていただきますっ!」


「おい、ティナ!」


 ごっごめんーーーーヴィセルフーーーーーーーっ!!!!!


 でもあんな寂し気な顔されたらさ!?

 受け取らないとか無理でしょ!!?


「お前っ、なに受け取ってんだ……!」


「まあ、ヴィセルフ様。王城の侍女は、他者からの好意を受け取ってはならない規則がおありで?」


「それは……っ、そういう規則はねえが……っ!」


「なら、何も問題はございませんね」


 ティナ、とエラは再び私に視線を戻し、


「それはささやかながら、先日のお見舞いのお礼です。わたくしも何か、ティナのように作れたらよかったのですが……。恥ずかしながら、料理の経験が乏しく、満足できるものが作れないことはわかっておりましたので」


 良かったら、開けてみてください、と。

 促すエラに私は頷き、リボンを解いて小箱を開いた。

 そこに眠っていたのは、きらきらと輝くバレッタ。

 繊細な銀の装飾に青紫の宝石が散りばめられていて、上品な愛らしさに目が奪われる。


「わあ……なんて綺麗なバレッタ……!」


「ティナに似合うと思ったのですが……。気に入ってくださいましたか?」


「はい! とても……っ!」


「そうですか。安心いたしました」


 ほっと息をつくエラ。

 心底安堵した様子のエラに、私は胸がキュンと高鳴るのを感じながら、


「エラ様が選んでくださったこのバレッタ、大切にさせていただきます。ありがとうございます、エラ様……!」


 バレッタを抱きしめた私に、エラがくすりと小さく笑む。

 するとエラは、そっと自身の胸元に手を寄せ、


「……喜んでくれたならと願った相手にそのような顔をしていただけると、こんなにも胸が温かくなるのですね」


 すっと、エラが顔を上げた。

 瞳に真剣な光を宿し、「ティナ」と左手を持ち上げる。

 まるでエスコートをする側のような仕草。

 私は「はい」と側に寄って、エラの掌に右手を乗せた。


「当家に、来ませんか」


「…………え?」


 いま、なんて――?


「だ、ダメだ……っ!」


 バアン!

 勢いよく机を両手で叩き、ヴィセルフが立ち上がる。


「そんな……そんなのは、認めねえ!」


 どこか顔色の悪いヴィセルフにも、エラは淡々と、


「ティナは行儀見習いとして、王城で侍女をしているのだと聞きました。ならば公爵家であるブライトン家でも、支障はないかと」


「だがっ……そうだ、たかが公爵家では、給料も待遇も、学べる技術だって王城には及ばねえ……!」


「給料の面では、確かに少々劣るかもしれません。ですが当家でしたら一人部屋を約束できますし、"王家"という特殊な場ではなく、"お屋敷"に根付いた立ち回りを学ぶことが出来ます」


 それに、なりより。

 エラは指先にくっと力を込め、


「わたくしが、ティナに来てほしいのです。ティナが側にいてくれたなら、こんなにも心強いことはありません」


「…………っ!」


 真摯な懇願に、ヴィセルフが息を呑む。

 私もまた、艶めく青の瞳から目を逸らせずにいた。必死に脳を動かす。


(エラが、私をスカウトしてくれた……?)


 正直、嬉しい。

 だってお声がかかるというのは、侍女としての働きが認められたってことだから。


(前世で上司に認めてもらったことなんて、一度もなかったしなあ)


 おまけに相手は優しく聡明なエラだ。

 きっとヴィセルフのように、気分や我儘で振り回されることもない。

 確かにお給料は王城勤めよりも下がってしまうかもしれないけれど、それでも私からしたら、充分すぎる額だろう。


「いかがでしょうか。急なお誘いですし、もちろん、お返事は今すぐにというわけでは――」


「ティナ」


 エラを遮った声に、顔を向ける。

 ヴィセルフは、怒っているようにも、戸惑っているようにも見えた。

 眉間に刻まれた深い皺。気分屋で俺サマな彼らしくない、揺れ動く赤い眼。

 ヴィセルフは一度、なにか言おうとした。

 けれど瞬時にためらったようにして口を閉じたかと思うと、今度は居ずまいを正して、口を開く。


「行くな」


 たった、一言。

 呻くように発された声は、どこか弱さを含んでいる。

 やっぱり、いつものヴィセルフらしくない。

 けれどもだからこそ、きっとこの言葉は、彼の本心なのだと思う。


(……気づけばけっこうヴィセルフの身の回りのお世話をしているし、少しは寂しいって気持ちがあるのかな)


 うーん、というよりは、私がいなくなってしまったら、朝のお目覚めでハニーレモンティーを淹れる侍女がいなくなっちゃうしね。

 あ、夜会のお花付けも。"緑の魔力"持ちで、花を咲かせる能力がある使用人を探さないとだし。

 それに何より、こうしてやっと習慣化してきたエラとのお茶会で、"おかしなお菓子"を用意できなくなっちゃうし。


 ――私が側にいないと、ヴィセルフは確実に破滅ルートだろうし。


(……うん)


 私はヴィセルフに、一度、笑みを向けた。

 面食らったようにして目を見張るヴィセルフから視線を外し、エラへと移す。


「……言葉では言い表せないほど光栄なお誘いを頂いて、嬉しいです。エラ様」


「! では……っ」


「ですが」


 私はエラに託した手をそのままに、片膝を床についた。

 エラを見上げる。


「私には、やらねばならないことがあるのです。私の胸に秘めた、おそらく、成就には困難が付きまとう事柄ですが……。それでも、結果のわかる最後の最後までは、足掻いてみたいのです。そしてそれは、王城の侍女でなくては成しえません」


「それは……どうしても、王城でなくてはならないのですか? わたくしは、ティナの望みとあれば、わたくしの持ち得る全てを捧げる所存で……」


「申し訳ありません、エラ様。どうしても、王城でなくてはならないのです」


「…………」


 エラが悲痛な面持ちで眉根を寄せる。

 胸がチクリと痛んだけれど、私はしっかりとその目を捉え続けた。

 エラの善意は痛いほど伝わってくる。

 その心を受け取ることは出来ないけれど、せめて真摯でありたい。


「…………わかりました」


 エラが伏せていた瞼を上げる。


「例えティナが王城の侍女のままでも、わたくしの心に偽りはありません。ティナの願いの成就にあたり、わたくしに出来ますことがありましたら、いつでも頼ってください。わたくしは、いつでもティナの為にありたいと考えています」


「エラ様……っ!」


 刹那、するりと。

 エラの指先が、私の頬に触れた。


「もし、王城に見切りをつけたその時は、わたくしの元を訪ねてください。いつでも歓迎いたします」


 にっこりと。花をも見惚れされる美しい微笑みで、エラが言う。

 うん。ヴィセルフと国の破滅エンドを回避したいのはもちろんだけれど、わたしはこの心優しいエラに、幸せであってほしい。


(なんとしても、ヴィセルフとエラを幸せな結婚に導かなくちゃ……!)


 改めて決意を固めた私は、妙に静かなヴィセルフなどすっかり忘れ、


「はい! その時は、ぜひともお世話になります!」


 返した心からの笑みに、エラはいっそう頬を染めて、嬉し気に頷いた。

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