第26話プレゼントイベントのフラグが立ったようでございます?

 たしかに、常識的に考えればそうかあ……。

 ただの侍女が作ったお菓子を大切な婚約者が食すなんて、王子としての面目丸つぶれ! ってなっちゃうか。


(ああああああ私の馬鹿……っ! ついエラなら、私の作ったモノでも気にしないでくれるかなーって……っ!)


「もっ、申し訳ありませんヴィセルフ様、エラ様……っ! そのプリンは私が責任をもって処分させていただきます!」


「おい、誰が処分なんて話をした。俺はただ"寄こせ"と――」


「いえっ! これ以上、ヴィセルフ様のお手を煩わせるわけにはいきません! エラ様には後日、キチンと料理長にこしらえて頂いたものを――」


「あの」


 エラの静かな声に、私とヴィセルフが口を噤む。

 揃って視線を遣ると、エラは少し困ったような笑みを浮かべ、


「何やら話が駆け足で進んでしまっているようでございますが……。まず、初めにヴィセルフ様。こちらのカスタードプリンをお譲りする意志はございません」


「…………なに?」


「これはティナが、わたくしの為にと想いを込めて作ってくれたものでございます。わたくしがその心と共に頂くのが、道理かと存じます。そして、ティナ」


 エラは硬直するヴィセルフから私へと視線を移し、


「本当に、嬉しいです。確かに侍女の作る品に対して、良い顔をしない者もいるでしょう。ですがわたくしは、ティナがわたくしの為に自ずから作ってくれたという事実に、心からの喜びを感じているのです。まるで、そう……長雨明けの晴れ間を迎えた時のように」


「エラ様……」


 エラのしなやかな指先が、私の右手をそっとすくった。

 祈るようにして私の掌を包み込む体温は、穏やかながらも温かい。


「どうか"私なんぞ"などと、自分を卑下なさらないでください。わたくしにとってティナは、何者にも代えがたい、輝く太陽のような存在なのですから」


 安心させるような甘さを帯びた声に、和らいだ瞳。

 一寸の噓偽りなく、心からの言葉だと信じるには充分すぎる。


「……なんてお優しいっ! なんて慈悲深いお言葉!」


 私は湧き上がる感動に打ち震えながら、


「エラ様にそのように言っていただけて、ティナは幸せ者にございます!」


 包み込む掌を握り返した、その瞬間。


「くっ……ティナ! 帰るぞ!」


 肩を怒らせ、扉へと大股で進むヴィセルフ。

 こうして私達の突然のお見舞い訪問は、ポイント加算になったのかどうか微妙なまま、強制的に幕を閉じたのだった。


◆◆◆


 暑くもなく、寒くもなく、心地よい青空の午後。

 慌ただしいエラのお見舞いから、一週間が過ぎた。


 あの日、白い寝衣を着てベッドに座していたエラは、その瞳と同じロイヤルブルーのドレスを纏い、温室の椅子に腰かけ紅茶を楽しんでいる。

 その向かいには相変わらず、不貞腐れたような顔をしたヴィセルフが。

 それでも二人の前に出されたイチゴのミルフィーユは、すっかり皿の上から姿を消している。


(やっと二人にミルフィーユを食べてもらえて、厨房の皆も感無量だろうなあ)


 また後で報告してあげないとね!

 ほくほくと紅茶のおかわりを準備し、カップの中を飲み切ったエラに「おかわりはいかがですか?」と尋ねると、


「ありがとうございます、ティナ。いただきます」


「はい! では、失礼いたします」


「ティナ! こっちもおかわりだ!」


「かしこまりました、ヴィセルフ様。ですが、順番に、ですよ」


 相変わらずタイミングの悪いヴィセルフを宥め、エラのティーカップに紅茶を注ぐ。

 本日のお紅茶はイチゴのミルフィーユに合わせ、乾燥させたイチゴを砕いて茶葉に混ぜた、ストロベリーティーにしてみた。

 湯気と共にふわりと、イチゴの甘酸っぱい香りが漂う。


(うーん、いい香り!)


 ヴィセルフはこの紅茶に蜂蜜を、エラはミルクを加えるのが好きみたい。


「……ティナ。少し、よろしいでしょうか」


「いかがされましたか? エラ様」


 首を傾げた私に、エラは訪問時に「これは、こちらに」と手元に置いていた小箱に手をかけた。

 リボンのかかったそれは、明らかに誰かへの贈り物。

 誰かと言ったら、もちろん、相手はひとりしかいないワケで……。


(こ、これはもしや、ヴィセルフへのプレゼントイベント開始の合図……っ!)


 ゲームではたぶん、二人の間にこんな過去はなかっただろうけど、きっと先日のお見舞いでフラグが立ったのだろう。

 ていうか、そうとしか思えない!


(了解いたしましたエラ様! すぐに下がらせていただきます……っ!)


 察した私は急いでカップに紅茶を注ぎ切り、一歩を下がろうとした。

 刹那、


「これを、ティナに。受け取ってくださいますか?」


「…………へあ?」


 え? 私に?

 ヴィセルフにじゃなくて???


 空気の抜けたような私の声に、ヴィセルフの「……なに?」と低い声が続く。

 うん。そりゃあ、そうだよね!?

 ヴィセルフだって絶対、自分にだと思ってただろうしね……!


「わ、私にですか……?」


 うっかり言い間違えてしまったのかと、念のため確認してみる。が、


「はい、ティナに」


 うっわーーーーこれ本当に私にだ!!!!

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