第25話お見舞いに必須のカスタードプリンでございます

「お嬢様、ヴィセルフ様がお見えになりました」


 紺色のメイド服をまとった侍女さんが、チョコレート色をした木製の扉をコツコツと叩く。


「お通ししてください」


 届いた澄んだ声は、聞きなれたエラのモノ。

 扉を開き、頭を下げる侍女さんに会釈を返して、ヴィセルフに続いて部屋に踏み入れた。

 ダンは「婚約者のいるご令嬢の私室には入れないからな」と、一階の応接間で待っている。


 エラは、ベッドの上にいた。

 上体だけを起こし、枕に背を預けている。


「このような姿でお出迎えも出来ず、申し訳ございま……ティナ!? 来て、くれたのですか」


 シンプルな白色の服に、銀の刺繍が施された淡い水色のストールを羽織ったエラが、私を捉えて目を丸める。

 その姿に安堵を覚えた私は、感極まって泣き出しそうになるのを耐えながら、


「はい! エラ様が心配で心配で……。駄々をこねたら、ヴィセルフ様が連れてきてくださいました……っ!」


「ヴィセルフ様が?」


 すると、エラの側に駆け寄る私とは対照的に、窓横の壁に背を預け腕を組んだヴィセルフが、


「俺が来たくて来るワケねえだろ」


 はあーん?

 心の中では心配でたまらなかったくせに、まだエラの前では素直になれない系ですか。

 するとエラは、どこか腑に落ちたように頷いて、


「つまるところ、ヴィセルフ様が折れざるを得ないほどに、ティナがわたくしの元にと強く望んでくれたということでございますね」


「なあ!?」


 ヴィセルフが焦ったように腕を解く。

 ほら、もう。

 あまり恥ずかしがっていると、こうやって伝わってほしい気持ちも伝わらなくなっちゃうんだから。


「エラ様。ヴィセルフ様も、それはそれはエラ様を心配しておいでで――」


「してねえ!」


 なっ!?

 どうして渾身のフォローを場外ホームランに!?


(これも強制力!? エラとヴィセルフをくっつけまいとする、ゲームの強制力なの!?)


 ううん、まだまだ!

 こっちにはとっておきのアイテムがあるしね!

 私はすかさず「エラ様!」と満面の笑みでバスケットを掲げ、


「ささやかながら、お見舞いの品をお持ちいたしました!」


「まあ、わたくしにですか?」


「はい! まず、こちらの花束を」


 バスケットの蓋を開き、取り出した白い花束をエラに渡す。

 途端、エラは「これは……」と頬を緩め、


「ジャスミンの花束……。これは、ティナが?」


「その通りにございます。その、以前、ジャスミンティーを気に入ってくださっていたので、エラ様に贈るならこの花かなと思いまして……」


「とても嬉しいです。これは、ティナの魔力で?」


 私は「はい」と頷いて、


「ジャスミンは本来、切り花ではあまり長持ちをしない花なのですが、これでしばらくは楽しんで頂けるはずです!」


「……余計なことを」


 ぽつりと落としたヴィセルフを、『これ以上、イジワル言うな』とジト目で見遣る。

 気づいたヴィセルフは一ミリの反省の色も見せずに、フンとそっぽを向いてしまった。

 ま、余計な小言を挟まれるくらいなら、我関せずの方が数倍マシかな。

 するとエラが、「ティナ」と優しく私の名を呼んで、


「ありがとうございます。一日でも長く保てるよう、大事に飾らせて頂きます」


 香りを楽しむようにして、花束を両手で持ち上げ微笑むエラ。

 あーーーー、スチルだわ。

 これ絶対、ゲームだったらボイス付きのイベントスチルでしょ……!


(なんだか周囲にほわっとした発光体が見える気がするな?)


 はっ!? ヴィセルフは!?

 胸キュン即恋なエラにどんな表情を!?


 ばっとヴィセルフを確認するも、突然のスチルにまったく気づいていないヴィセルフは、窓外を凝視している。


(真剣な目で見てほしいのはそっちじゃなくて……っ!!)


 間が悪いなあ……!

 胸中で涙をぬぐっていると、エラが「あら?」と何かに気づいたような仕草をした。


「ティナ、バスケットの中に残っているそちらは……?」


「ええと……ですね」


 ともかく今はお見舞いの品を。

 私はバスケットの中から、二つの小瓶が並ぶウッドボックスを取り出した。


「こちらも……よろしければ。卵と牛乳とお砂糖でつくった、甘くてトロっとしたカスタードプリンになります。喉ごしがいいので食べやすいですし、栄養価も高いので、不調の時にはピッタリかと……」


 エラは「まあ」と好奇心に頬を染めて、


「そのようなスイーツがあるのですね。つやっとしていて、優しい色。ティナの教えてくれるお菓子はどれも美味しいですし、きっとこのカスタードプリンも、とても美味しいのでしょうね」


 ありがとうございます、と微笑むエラに、私は「そう、だといいのですが……」とぎこちなく笑む。

 するとエラは、おやといった風に首を傾げ、


「どうかしましたか?」


「その、実はですね……。そちらのカスタードプリンを作ったのは、私でして……」


「え……? ティナの、手作りなのですか?」


 途端、先ほどまで興味ゼロだったヴィセルフが「はあ!?」と声を上げた。


「聞いてねえぞ!」


「も、申し訳ありません……っ! エラ様に私なんぞが作ったモノをお渡しするなど、厚かましいどころか無礼の極みだとは思ったのですが! なにせ丁度、厨房は朝の支度でバタついておりまして、やむを得ず……っ!」


 だってさあ!?

 お見舞いといったらプリンじゃん!?


「あ、でも、ちゃんと出来上がったモノは料理長さんを初め、何人かに味見していただいてますので! いちおう、及第点ではあるかと……っ!」


「ほお? つまりティナの作ったそのカスタードプティングとやらを最初に食べたのは、厨房のヤツらか」


「カスタードプティングではありません。カスタードプリンです」


「どっちだっていい。ふん、アイツらの方は後で考えるとして……」


 ヴィセルフがつかつかとエラの側に歩み寄る。

 ベッド横で立ち止まり、ずいと無遠慮に片手を差し出した。


「よこせ。それは俺がもらい受ける」


「…………はい?」


 素っ頓狂な声を出したのは私。

 当のエラ本人は、面食らったようにして蒼い瞳をパチリパチリと瞬いている。


(え、そんなに私の作ったモノはダメだった!?)

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