第24話王子とお見舞いに向かいましょう
「おーい! ふたりとも!」
馬車の前で、ダンがこっちだと手を振る。
私は会釈を返してから、
「ほら! もう目前まで来たのですから、いい加減、観念なさってください!」
「おまっ……なんか日に日に遠慮がなくなってねえか?」
「私の成すことは全て、ヴィセルフ様の為を思ってのことでございます……!」
言い切ってから、私は胸中に沸いた罪悪感に視線を落とした。
「申し訳ございません。ちょっとだけ、嘘を言いました」
「ティナ?」
不意に歩を止めた私を不思議がるようにして、ヴィセルフが肩越しに振り返る。
「実は、少し心配なのです。エラ様が本当に大事ではないのか。お手紙を疑うわけではありませんが……やはり、言葉はいくらでも取り繕えてしまえるので」
私は「いけませんね」と苦笑を向け、
「エラ様は本来、私ような辺境の伯爵家の娘がおいそれとお話になれる方ではありません。なのにまるで、親しい間柄のようにお優しく接してくださって……。本当に、嬉しかったのです」
「…………」
私がエラに肩入れするのは、たんに前世でプレイしたゲームの不遇なヒロインだったからじゃない。
父の伝手を辿り、街で行われたとある伯爵家の夜会にて社交デビューを果たした十五歳の時。
それまであまり意識していなかった、社交界での貴族階級における暗黙のルールを嫌でも体感した。
実績の乏しい低い階級の令嬢は、相手が誰であれ、挨拶以外に気安く声をかけてはならない。
きらめくフロア。色とりどりのドレスが軽やかに円を描くのを横目に、私はひとり、並ぶ豪華な食事を堪能し続けた。
それはそれで、夢のように楽しいひと時だったのだけれど。
ひっそりと心の隅で、友人の一人や二人出来るんじゃないかと期待していた私は、突き付けられた現実に秘かな落胆を覚えたのだ。
「私には、エラ様の元を訪ねる手段がありません。ですのでヴィセルフ様がお見舞いとしてエラ様のご様子を確認くだされば、安心できるなと……。おそれ多くも、そんな算段を胸に、こうしてヴィセルフ様を無理矢理にでも送り出そうとしているのです」
お叱りになられますか?
尋ねた私に、ヴィセルフがふいと顔を背ける。
ヴィセルフが怒るのはもっともだ。
初めは「侍女に無理やり押し切られた」と、ヴィセルフにとって丁度いい言い訳の理由になれたらそれでいいと思ってたけれど。
それだけじゃなくて、私はヴィセルフを利用して、自分の不安を拭おうとしていた。
「……はあ。ったく」
盛大なため息。
ヴィセルフは億劫そうに首後ろに手を遣りつつ、
「こんな無礼を許しているのは、お前ぐらいなもんだからな。寛大な俺サマに感謝しろ」
「……お怒りになられないのですか?」
「んな事でいちいち怒るワケねえだろ。まあ、面白くねえ部分もあるのは確かだが」
ヴィセルフは馬車に向かって歩き出し、
「ほら、何やってんだ。早く来い」
「……っ! はい! ありがとうございます、ヴィセルフ様っ!」
歓喜に顔を輝かせつつ駆け寄った私に、ヴィセルフは「……はあ」ともう一度深いため息。
それでも今度は自分の意志で、私に背を押されることなくダンの待つ馬車の元へ。
「途中でなんか揉めてたみたいだけど、平気か?」
心配げな視線を向けてくるダンに、
「揉めてねえ」
「はい! ヴィセルフ様の寛大なお心に感謝をしていただけです!」
「ふーん? まあ、平気そうならいいんだけどな」
ヴィセルフがダンの開いた扉の中に乗り込み、腰を下ろす。
続いてその対面に乗り込んだダンに向かって、私は腕にかけていたバスケットを差し出した。
「急ごしらえではございますが、エラ様への見舞いの品が入っております。何卒エラ様によろしく――」
「あ? なに言ってんだ」
瞬間、差し出していた手首が掴まれた。
「……へ?」
ぐいと引く強い力。
バランスを崩し、身体が倒れこむ。
「わ……っ!」
が、額を殴打する前に、しっかりとした腕に受け止められた。
見上げればそこには、端正な面持ちで見下ろす王子様。
淡い金の前髪がさらりと流れて、炎に似たルビーの瞳にかぶさる。
「お前のために行くんだろ。さっさと足あげろ」
「え? えええええええええ!!?」
◆◆◆
ヴィセルフの隣に座して、縮こまること約数十分。
止まった馬車の窓から見えるのは、広大な森の前にそびえ立つ重厚なお屋敷。
間違いない。エラのお屋敷だ。
「ほ、ホントに来ちゃった……」
呟いた私に、ヴィセルフが愉し気に「ハッ!」と鼻を鳴らす。
「それこそ、ここまで来たんだ。観念するんだな」
「ヴィセルフ……。あまり虐めたら可哀想だぞ?」
「虐めなもんか。そもそも、コイツが言ったセリフだしな」
ええ、ええ、そうですけどね……っ!?
けれど私とヴィセルフじゃ、立場の違いってモンがあるじゃないですか……!
「あの、ヴィセルフ様。やはり私は馬車の中で待機を……」
いまだ腹をくくれない私は、ダンに続いて馬車から降り立ったヴィセルフに食い下がる。
けれどヴィセルフは容赦なく、
「往生際が悪いな、ったく。俺もこのまま帰るぞ」
「それは、なりません……!」
「なら、うだうだ言ってねえで、こい」
ヴィセルフは私に向かって手を差し出し、
「何を怖がる必要がある、ティナ。今のお前は、"俺の"侍女だろ」
「!」
そうだ。今の私はただの田舎娘じゃない。
エラの婚約者であり、この国唯一の王子たるヴィセルフの侍女だ。
王子が見舞いに侍女を連れてきたところで、なんの違和感もない……!
(それに私がいた方が、「コイツがごねるから仕方なく」ってエラへの言い訳にも使えるしね……!)
はあー! なるほどそういう……っ!
いや本当、ヴィセルフって実は周囲が思っているより、かなり策略家では……!
(それに、思っているより、優しいよなあ)
「……ありがとうございます、ヴィセルフ様」
その内心がどうであれ、エラを心配する私をここまで連れてきてくれたのは、紛れもないヴィセルフの思いやり。
感謝を込めてその手を取った私に、ヴィセルフがにいっと口端を吊り上げる。
バスケットが傾かないよう、慎重に地面へ降り立って。
「お手間をおかけしました」
ヴィセルフの掌から、自分の手を退こうとしたその瞬間。
ぐっと丸められたヴィセルフの指。
支える役目を終えたにもかかわらず、私の右手を捕らえたままのヴィセルフを、「あの、ヴィセルフ様……?」と戸惑いがちに見上げると、
「そんなに不安なら、このまま手を繋いでいてやろうか」
「……いえ、結構にございます。しっかり腹はくくらせて頂きました!」
大丈夫です! むしろ今は気合バッチリでございます!
空いた左手で強く拳を握り、「さあ、いざエラ様の元へ!」と勢いよくお屋敷を指さした私に、
「お前はもう少し……いや」
ヴィセルフは項垂れるようにして呟いてから、
「それがティナだしな」
呆れたような笑みを浮かべて、私の手を離した。
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