第23話エラ様が体調不良でございます

 無事に私の"魔法"が効いたようで、ヴィセルフはあのゲリラ参入以降も、エラとのお茶会に同席している。

 会話は相変わらずぎこちない(というか、いまいちかみ合ってない?)けれども、それはきっと時間を重ねれば解決するでしょってことで。

 私は二人のモブキューピットとして、いっそうやる気溢れる料理人さんたちと、新たなスイーツの再現に勤しんでいる。


「おはようございますヴィセルフ様! 本日のお茶会には、ミルフィーユというパイとクリームを重ねたケーキをご用意しておりますよ」


「……俺の部屋に入ってきて、第一声がお茶会かよ」


 寝起きの低い声を発しながら、むくりと起き上がるヴィセルフ。

 すっかり見慣れてしまった眉間の皺に私は小首を傾げ、


「だって、毎度気にされているじゃありませんか」


「それはっ……! お前が今度は何をアイツに食わせようとしてんのかって……!」


「ほら、やっぱり気になされているじゃありませんか」


 いいんですよー隠さなくて!

 そうですよねえ。最愛のエラに妙なモノ出されて、失望されたら困りますもんね……!

 心の中で頷きながら、


「ご安心ください! 本日も必ずエラ様にご満足いただける出来になっております!」


 ティーカップに注ぐ紅茶の水音に、「だからお前は……どうしてそう伝わらねえんだ……」と疲れたような声。

 充分伝わっているけどなあ? と不思議に思っていると、隣部屋の書斎をノックする音が届いた。


「ヴィセルフ。邪魔して悪いけど、入るな」


 あれ? この声は……。


「よ、おはようティナ。毎朝ありがとな」


「ダン様……!」


 既に身支度をすっかり整えたダンに、私もポットを下ろして「おはようございます」と会釈する。


「ダン……こんな時間から何しに来やがった」


「そう怖い顔するなって、ヴィセルフ。ちょうど二人が揃っているし、早いほうがいいと思って来たんだ」


 と、ダンは一枚の封書を指先でぴっと掲げ、


「エラからだ。今朝方、遣いが馬を走らせてきたらしくてな。目を通してみたところ、どうやら今日のお茶会には来れないみたいだ」


「ほお?」


「え!? エラ様、どうかされたんですか……!?」


 ま、まさか、未だ口下手なヴィセルフに愛想をつかしたとかじゃないよね……!?

 焦って口元に手を遣ると、ダンが「それがな」と苦笑交じりに肩を竦め、


「どうやら昨晩から気分が優れないらしい。医者によると、疲労が原因じゃないかって。すこし休めば治るから、心配はいらないって書いてあった。昔からちょこちょこあるみたいだな」


 そういえば、エラは幼少期から頑張りすぎてしまうことが多く、体調を崩しがちだ。

 年齢を重ねるにつれて、その頻度は減ってきてはいるみたいだけれど……やっぱり、完全に無くなったわけじゃない。


「エラ様……お可哀想に……」


「ハッ! 軟弱だな。にしても、今日はあの顔と向き合わずに済むってことか。せいせいするぜ」


 口端を吊り上げ、首を回すヴィセルフ。

 途端、ダンが呆れたようにして、


「ヴィセルフ……。それ、他のヤツの前では言うなよ。エラはヴィセルフの婚約者なんだから」


「俺が決めたワケじゃねえ」


「それでも、婚約を破棄しない限り、周囲は二人をそう見ているんだ。下手なことを言うと、ヴィセルフの悪評に――」


「ああ、ダン。わかってるだろうが、俺は返事を書く気はないからな。お前の言う"婚約者"らしい文でも適当に返しとけ」


 両手を頭後ろで組んでドサリとベッドに背を落としたヴィセルフに、「ヴィセルフ!」と咎めるようなダンの声。


(ヴィセルフ……私達に落胆しているのを悟られたくないからって、無理に強がって……!)


 そうだよね、毎回私の出すティーフードを気にするくらい楽しみにしていたんだもの。

 それが突然無くなって、想い人は体調不良。

 会えないってなったら、そりゃあショックだし気になるしで投げやりにもなるよね……!


「……わかりました、ヴィセルフ様」


「あ?」


「ん?」


 向けられたのは、二人分の怪訝な視線。

 私は決意を灯した瞳で見つめ返し、


「小一時間ほどお時間を! このティナ、すみやかに準備を整えて参ります!」


「……はあ?」




 と、いうことで。

 バタバタと王城を駆けまわったのち、現在は王城の玄関に向かってヴィセルフの背を押している最中でして。


「だから……! 俺はアイツの見舞いになんざ行かねえ!」


「もう! いつまで意地を張ってらっしゃるのですか! ご婚約者なのですから、見舞いのひとつやふたつ押し掛けたところで、邪険にはされませんよっ! 見舞いの品だけ渡して帰って来られても良いのですから……!」


「意地じゃねえし、好きで婚約者になったんじゃねえって何度も言ってるだろが……!」


 口では拒否を繰り返すけれど、ダンが手配した馬車の待つ門はもう目の前。

 本当に行きたくないのであれば、私なんかさっさと振り払って逃げてしまえるはず。

 なのになんだかんだ言いながらもここまで出てきたのだから、やっぱり身体は正直なものですね!

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