第22話恋の芽生えに魔法のジャスミンティーを!
「エラ様は、ジャスミンの花はお嫌いですか?」
「わたくし、ですか?」
戸惑いつつも「いいえ」と首を振ったエラに、私は「よかったです。お嫌いだったらどうしようかと」とエラの前にもティーカップを置く。
「……オイ。どうして俺には聞かない」
「へ? だってヴィセルフ様がジャスミンをお嫌いではないの、知っておりますし」
「……なら、いい」
どこか満足気なヴィセルフが大人しくなったので、作業を再開。
王城でもちょっと珍しいガラス製のティーポットを、ワゴンの下段から取り出す。
緑の色が濃い茶葉を入れ、その上に摘み取ってきた、まだ閉じたままの花のつぼみを重ね入れた。
「それはもしかして……ジャスミンのつぼみでしょうか」
「さすがはエラ様。その通りでございます」
すると、ヴィセルフがフンと鼻を鳴らし、
「紅茶に生花を入れるのなら、咲いてなければ意味がねえ。香りが出ないからな。なのにつぼみを入れるから、ソイツは特別だってか?」
「ふっふっふ。まあ、見ていてください!」
ティーポットに湯を注ぎ、踊る茶葉の付近に両手をかざす。
目を閉じ神経を掌に集中して、魔力を発すると――。
「! つぼみが……!」
エラの感嘆に瞼を上げる。
湯の中で漂うのは、五つの花弁を見事に開いた、純白のジャスミンの花。
(よかった、上手くいったみたい)
対象物に触れないで咲かせるのって何気に初めてだったから、ちょっと心配だったんだよね!
「ティナは"緑の魔力"の持ち主だったのですね」
そういえば、エラに魔力のことを告げるのは初めてだ。
「はい! このように花を咲かせ、少しばかり長持ちさせる程度の微力なものですが」
「わたくしにはティナのように、花を息吹かせる力はありません。ティナの魔力は、とても素敵な力ですね」
「エラさま……っ」
う、うわー! 優しい……!
優しいよエラ……!
感動に打ち震えるながら「ありがとうございます……! そのようにおっしゃって頂けて、嬉しいです!」と目を輝かせる私に、
「おい、ティナ! お前のその魔力に先に目を付けたのは、俺サマだぞ!」
「ええと、花付け役としてお役に立てているようで、なによりです?」
「そうじゃねえ! 俺が言いてえのはだな……っ! くそっ、お前だったから、俺の花付け役に相応しいと抜擢したんだってことだ!」
わかったか! とヴィセルフが視線を逸らし、ぞんざいに頭を掻く。
へえ、びっくり。てっきり成り行きで指名されたのかと。
(まさかヴィセルフが、きちんと私の魔力を"使える"モノとして判断していたとは)
自分以外には興味がないのだと思っていた。
けれど、末端の侍女の魔力に気を配れる程度には、使用人にもちゃんと目を向けているらしい。
「身に余るお言葉、ありがとうございますヴィセルフ様。今後ともお仕えします限り、ヴィセルフ様のお力になれるよう全力を尽くさせていただきます!」
膝を折り、敬意をはらったカーテシーを捧げた私に、なぜかヴィセルフは項垂れるようにして、
「お前は……いや、いったん、それでいい……」
「そうですか? あ、ちょうど三分がたちましたね!」
落ち切った砂時計に気づいた私は、ティーポットを手にいそいそとエラの横へ。
カップの上にティーストレーナーをかざしながら、ポットを傾ける。
「ジャスミンの香りにはリラックス効果がありますし、湯の中で咲いたばかりの花ですので、みずみずしい香りが楽しめると思います」
たち上がる湯気に、エラは瞼を閉じて、
「本当に……可愛らしいだけではなく、心和らぐ香りでございますね」
と、エラは可憐に微笑みながら私を見上げ、
「まるで、ティナのようなジャスミンティー」
「へあ!?」
ちょっ、ちょっーーーーー!!!!????
エラのさあ!? 微笑みさあ!?
この距離でくらうと視界が華麗でクラクラするね……!
(いやエラ……聖女すぎでしょ……!)
これにおちないどころか、邪険にできるヴィセルフってどんな鈍感メンタル!?
私は顔に上がる熱を自覚しながら、
「はわ……滅相もございません……っ」
「ティナッ!」
バンッ! と響いた、机を殴打する音。
犯人は当然ながら、ヴィセルフでして。
(あ、やば)
椅子にふんぞり返って「ん!」と自分のカップを差し出すヴィセルフの顔には、隠す気のない確かな怒り。
(あああ、大丈夫です! ヴィセルフのエラだってわかってますから……!)
「……失礼いたしました、ヴィセルフ様。ですが机を叩かれるのはいかがと……」
ヴィセルフの隣に立ち、小声で告げながらジャスミンティーをカップに注ぐ。
「……うるせえ」
途端、そっぽを向いていたヴィセルフが、「ティナ」と私を見上げた。
「なんでございましょう?」
「…………」
「…………」
「…………チッ」
「……ヴィセルフ様?」
「なんでもねえ!」
投げやり気味にヴィセルフがティーカップを持ち上げ、口をつける。
なにやらさっきからいつも以上に行動が謎だけど……。
うんうん、無自覚な恋の芽生えに振り回されている最中って、そんなもんだよね……!
たぶん!
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