第21話無自覚嫉妬王子のために魔法をかけましょう!

「だ、だって……! ヴィセルフ様が!? エラ様とのお茶会にご出席っ!?」


 ゲームではたったの一度だって、チラリと顔を出すことすらなかったのに!?

 それが!! のぞき見通り越して!!!

 普通にご出席ですと……!!?


(これはもしかしてもしかすると、第二のラブフラグなフラグでは……っ)


 あっ!?

 でも今のエラは温室での優雅なひとり時間を楽しんでいるワケだから、ヴィセルフが来たら逆に困るんじゃ――っ!

 途端、ヴィセルフは剣呑に目じりを吊り上げ、


「なんだ。俺サマが行ったら不都合なことでもあるのか」


「いえいえ滅相もございません!!!! ただ、本当に……! 本当に驚いてしまって……っ」


「……ふん。わかりゃいい。後でまた来る」


 どこかまだ不機嫌をまとったまま、踵を返して廊下を歩いて行くヴィセルフ。

 揺れるジュストコールの裾をポカンと見つめていた私は、その背が見えなくなると同時に「はっ!」と起動を再開した。


「こ、これは今後に響く大イベント……っ!」


 灰かぶりの少女は、魔法使いに救われ向かった舞踏会で、王子と運命の出会いを果たし見染められ。

 陸の王子に焦がれた人魚もまた、海の魔女の力を借りて、脚を手にして王子の元に辿り着いた。


 ならばヴィセルフとエラの物語もきっと、モブキューピットな侍女の魔法があれば、花吹雪舞うハッピーエンドに!


「ともかくまずは厨房に行って、お菓子を増やしてもらわなきゃ!」


 それとティーセットも増やして、お紅茶の変更も……。

 一気に思考をフル回転させながら、私はこのお茶会を成功へと導くべく、厨房へと駆けだした。


◆◆◆


 柔らかく温かな午後の日差し。

 香る花々は若き二人の秘めた想いをそっと包みこむようにして、沈黙を保ちながらも艶やかに景色を飾る。

 白に彩られたテーブルセットに座するのは、一級品の装飾にも負けず劣らず麗しい二人の男女。

 その光景は絵画のごとく美しい――のだけど。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


(いや、なんでどっちも無言なの??)


 突然のヴィセルフの登場に戸惑うエラはともかく、ヴィセルフに至っては自分で挙手してきたのに?

 どうして? ずっと??

 しかめっ面なのかな???


(気まずい……。採用試験の面接開始前もこんなだったかな……)


 って、うっかり前世を懐かしんでる場合じゃなかった。

 アイスが溶ける前に、二人の膠着こうちゃく状態をなんとかしないと……!


(うう……でも正直声を出しにくい……!)


 なんかこう……いい感じに緊張感が和らぐこと……そ、そうだ!

 ヴィセルフの今の心情をアテレコしてみよう!


(ええと、わざわざお茶会に出てきたのだから、エラに気があるのは確実だよね)


 私の所に出席を宣言しに来た時も、エラの訪問の日は把握しているみたいだったし……。


(ん? もしかしてヴィセルフの機嫌が悪いのって、エラが自分じゃなくて別の人間と仲良くティータイムを過ごしているから?)


 あ、あーーーーー!!!!

 そっかそっかそういう……!!!!


 そうだよね! 今までは月に一回で、給仕も固定じゃなくて持ち回りだったし……!

 それが回数増えたばかりか、私ばっかりになったから!


(つまりこれは無自覚の嫉妬……!)


 それでわざわざ私に出席を伝えて、俺のお茶会だからな! 勘違いするな! ってけん制に来たのか。

 納得の心地で、ヴィセルフをこそっと視線だけで見遣る。

 眉間に刻まれた深い皺。それでも帰らず、エラと揃いのティーカップに口をつけるヴィセルフの心の声が、手に取るようにわかる……っ!


『くそっ、なんだこの感情は。コイツが俺以外の奴と頻繁に会っていると思うと、イライラする……!』


『お前は俺の婚約者だって分かっているのか?』


『いつもどんな顔をして、どんな話をしているっていうんだ……! 俺とだと話すらないって言うのか……!』


 おっけー! わかりましたヴィセルフ様!!

 ここはちゃんとモブキューピットな侍女として、そんな臆病モダモダな恋心を成就すべく、お手伝いいたします!


「おふたりともっ!」


 力強い私の声に、肩を跳ね上げた二人が驚いたような眼を跳ね向ける。

 私はにっこりと、善良な魔法使いのごとく笑みを浮かべ、


「せっかくお二人がお揃いになったお茶会ですので、本日は少し、特別なお紅茶を準備してまいりました」


 すると、ヴィセルフが「特別?」と片眉を跳ね上げ、


「この甘いイモのパイだけじゃなく、まだなんか仕込んで来たのか」


「はい! 私はお二人のお時間をかけがえのないものにすべく、全力を注いでおりますから!」


 ですからご安心くださいヴィセルフ様!

 ヴィセルフの無自覚嫉妬心を安心させるべく、アイコンタクトを送りながら深く頷く。

 途端、ヴィセルフはちょっと嫌そうな顔をしたけれど、私は構わず眼前に新しいティーカップを置いた。

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