第17話魅惑のポテチで料理人たちと結託です!

(うっっっわあ……! 生で見るエラだ……!)


 いや、これまでも侍女として何度かエラを見かけたことはあったのだけどね!

 前世の記憶を取り戻してから初めて目にするエラは、なんというか、その周囲だけ清らかな空気が流れていそうな、まさしく「令嬢の中の令嬢」だ。


 射し込む陽光に艶めく、湖畔のごとく澄んだ水色の髪。

 それよりも少し深い色をした瞳は穏やかながらも、眼差しには凛とした強さが漂っている。

 水を自在に操る、青の魔力の持ち主。そしてゆくゆくは"白の魔力"を開花させるというのも納得な、聖女感。


 おまけにこれだけ美しいのに、それを鼻にかけず、努力屋で健気で心優しいとかもう……もう……っ!


(あああああエラ!!!! 幸せになって!!!!!!)


 いちプレーヤーの私がこれだけ情緒を乱されるんだから、そりゃ実際に接している攻略対象キャラだってエラに心奪われるわけですよ!!


 なのに!! どうして!!!!

 ヴィセルフはああもああなのか!!!!!!!


(ゲームの都合上、仕方ないっていったら仕方ないのかもだけどさあ!?)


 どうか私のいるこの世界では、ゲームの強制力があまり強くありませんように!

 そう願いながら運んできた紅茶の準備を始めると、それまで姿勢よく瞳を伏せて座っていたエラが、不意に温室の扉へと視線を流し、


「……やはり、こちらではお越しいただけないのですね」


「!」


 これは、私か? 私に喋っているのかな??

 それともゲームでよくある、主人公の独白的な呟き??


(え、全然わかんない!)


 けれどもし前者だった場合、このまま私が無反応を貫いては、「ヴィセルフの侍女に無視された」ってさらにエラを追い詰めかねないし……!

 ならば選ぶべき道はただひとつ!


「ヴィ、ヴィセルフ様は、その……っ、本日は、どうにもお腹の調子が良くないようでっ!」


「…………え?」


 エラの、とびきり驚いたような眼が向く。


(あ、独白的な方だった!?)


 うわあー! ミスったあーーー!!

 けどもう話してしまったのだから仕方ない!


(ちょっと予定とは違っちゃったけど、これは作戦開始のチャンス!)


 よし、と腹をくくって「エラ様っ!」と叫ぶと、エラがびくりと肩を跳ね上げた。

 私はワゴンの下段から、用意していたケーキスタンドを取り出し、


「よろしければ、こちらをお召し上がりになってみませんか?」


 エラの眼前に置き、かぱりと蓋を取る。

 すると、その中身を捉えたエラは、戸惑ったような顔で私を見上げ、


「あの……こちらは?」


「チュロス、になります」


「チュロス……?」


 エラが当惑するのも無理はない。

 だってこの国には、"チュロス"なるお菓子は存在しないのだから。

 私はエラの不安を取り除くべく、にこりと笑みを浮かべ、


「はい! 少し異なりますが、バターたっぷりの甘いパン生地を細長く伸ばし、油で揚げ、砂糖をまぶしたお菓子……といった所でしょうか」


「パ、パンを、油で……?」


「はい! あ、もちろん作ったのは王城の料理人ですので、味は保証します!」


 全体的に中世ヨーロッパ風なこの国には、まだレシピが存在しない料理も多い。

 前世の記憶が甦ってからというものの、その存在しない食べ物が、時折むしょーに食べたくなるのだ。

 けれどただの侍女である私が、おいそれと厨房に入れるはずもなく。

 そこで私は暇を見つけては食堂に通い、料理長に頭を下げ続けた結果、皿洗いとして厨房に入れてもらえるようになった。


 それから毎日、休憩時間や終業後に地道な皿洗いを続け。

 話を聞いてもらえるようになったところで、まずは手始めに、薄くスライスしたジャガイモを水にさらし、カラッと揚げ塩をまぶした"ポテトチップス"を披露した。


「な、なんだこの噛みしめるたびに広がる香ばしさは……!」


「こんなに油を吸っているのに、口当たりが軽いだと!?」


「なんてこった! 次から次へと口に運んでしまう! まるで魔法じゃないか……!」


 うんうん。乙女ゲームの世界でも通用するポテチの魔力よ。

 とまあ、こんな感じでガッチリ心を掴んだことで、こうして「エラ様を喜ばせるために」と私のつたないレシピの記憶から、存在しないお菓子を再現してもらえるようにまでなれたのだ。


(王城の料理人さんたちが料理バ……研究熱心でよかったあ!)


 私の伝えた完成形のイメージとざっくりなレシピから、料理長をはじめとする料理人たちがその知恵を絞っては作り、「なんか違うな」と改良してはまた作り。

 そうした地道な努力と情熱によって完成したのが、この記憶よりもお上品な見た目になったチュロスだ。


 公爵令嬢のティータイムに相応しいようにと、一本は十センチほどの長さに切りそろえられていて、シナモンシュガーは白磁の小皿に。

 同じく真っ白な大皿をぐるっとなぞるようにして、鮮やかなベリーソースがひかれている。


(たしかに、長い一本にはむっとかぶりつくんじゃ、エラも抵抗あるだろうしなあ)

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