第16話王子はお茶会に不参加なので、作戦決行でございます!

 私はもしかしたら、勘違いをしていたのかもしれない。

 というのも、侍女としてヴィセルフをより身近で観察しているうちに、「あれ? ヴィセルフって、そこまで"我儘横暴王子"じゃなくない?」と思い始めているのだ。


 いや、確かに気分屋だし、自分が第一な"我儘横暴王子"ではあるのだけど。

 話はちゃんと聞いてくれるし、胃がきりりと痛み続けるような無理難題をつき付けてくるでもない。

 おまけにただの侍女である私なんかに「疑って悪かった」なんて謝罪を口に出来るくらいだ。

 絶対に自分のミスを認めず、失敗は全て部下になすりつけていた前世の上司と比べたら、カワイイなんてものじゃない。


 ゲームをプレイしていた時は、主人公の不遇なエラの視点を通していたから、数倍増しで"我儘横暴王子"に見えていたとか?

 ともかく特にここ最近のヴィセルフは、なんというか……少し丸くなった気がする。

 それこそ雲丹うにのごとく無数に突き出ていた針の先が、柔く削がれたうえに、短くなっているというか。


「これってもしかして、この間の"面白れぇ女"認定が効いている証拠では!?」


 なるほど納得……っ!!

 そりゃあゲームに存在しなかったエラへのラブフラグが立っているのなら、ヴィセルフにゲームとは違う変化が起きたっておかしくない!


「よおーし、この調子でバンバンフラグ乱立させていくぞ!」


「はいはい。元気なのはいいけれど、ちゃんとじっとしててくれないと結べないよ」


 背後から届いたクレアの嘆息に、私は「あ、ごめん」と姿勢を正す。

 実はその……エプロンを背後ろで結ぶのがどうにも苦手で、こうして毎朝クレアに結んでもらっているのだ。


 私がヴィセルフの目覚まし担当になってから、クレアとは別行動が増えてしまっているのだけれど。

 それでもクレアは毎朝私に合わせて起床し、かいがいしくエプロンの紐を結んでくれる。


(いやホントに私、勝ち組すぎでは???)


「はい、出来た。楽しそうなのはいいけれど、この紐、解かれないようにね」


「ん? うん! うっかり解けないように、暴れすぎには気を付ける!」


 行ってくるね! と扉に駆け寄った私を、クレアが「まあ、それでいっか」と苦笑交じりに見送ってくれる。

 完璧有能侍女なクレアだから、もっとスマートに起こしなよってことかな。


(まあ、それはまた今度でいっか!)


 なぜなら私は今、とてつもなく気分がいい!

 ルンルン気分でレモンティーを用意し、朝のお目覚めに向かった矢先のこと。


「そういえば、ヴィセルフ様。本日はエラ様とのお茶会がございますね」


 お天気も良いですし、午後が待ち遠しいですね! と続けた私に、ヴィセルフは「は?」と低い声で両目を細め、


「いくわけねえだろ」


「…………へ?」


 前言撤回! こんの我儘横暴王子め……っ!!

 ヴィセルフとエラのお茶会は、月にたったの一度だけだ。

 なのにそのたった一度の、いわゆるデートに顔を出さないばかりか、ヴィセルフは絶対に事前に連絡はせず、必ずエラに王城まで来させるという傍若無人っぷり。

 本当、なんて意地の悪い嫌がらせ!


(なんで!? パーティーは一緒に出てるのに!?)


 エラへの好感度が上がってきてるなら、お茶会に参加しても良くない!?


(まだフラグが立っただけで、お茶会ボイコットを変えるだけの好感度には達してないってこと??)


 ともかく本日のお茶会も、ヴィセルフは不参加決定。

 このままだとエラはいつものように、一人さびしく温室で紅茶を一杯だけ飲み干して、切なく惨めな想いを抱えて帰ることになる。

 ――の、だけども。


(ゲーム通りになんてさせない)


 なぜならこの世界には私という、二人の仲をとりもつモブキューピットがいるのだから……!


「――よし、これは速やかに作戦を決行しなくては……!」


***


 庭園に設えられたガラス張りの温室には、王都きっての珍しい花々が咲きほこる。

 ヴィセルフとエラのお茶会は、決まってここ。

 ちなみにヴィセルフの胸元に飾る花も、庭師さんとの協議の結果、基本的にはこちらから拝借している。

 曰く、「へたなのを付けて行かれては王室庭師の名が廃る」だそうで。


 ともかくロケーションは言わずもがな、用意される茶葉は一級品。

 三段トレイに用意されたスイーツも、当然、王室専属の料理人たちが腕によりをかけて用意した品々でして。


 そんじょそこらの紳士が相手ならば、指一本で蹴散らしてしまえるほどお膳立ては完璧なのに、肝心のヴィセルフが全てをぶち壊している状態だ。

 でもそれってつまり――"ヴィセルフ"さえ除けば、何もかもが素晴らしいってわけで。

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