第15話俺の世界に光をもたらしたのは

 ティナを目覚まし番に据え置いてから、眠りが深くなった。

 これまでは、侍女が書斎に入ってきたと同時に目を覚ますのが習慣だったからだ。

 ティナがはじめて目覚めの紅茶を持ってきた日も、俺はアイツが書斎に入ると同時に目を覚まし、息を潜めて気配を探っていた。


 少しでも妙な動きがあれば、即座に捕らえてやる。


 どこか信じたい気持ちを押し込んで、アイツの化けの皮が剝がれるのを待っていた。

 だがティナは、今と同じように迷いなくカーテンをあけた。

 まるでその身の潔白を証明し、暗く淀んだ俺の世界に、光をもたらすかのように。


「お待たせしました、ヴィセルフ様。お目覚めのお紅茶です」


「ん」


 差し出されたトレーを覗き込んだ俺は、カップを手にしようとしたものの、その手を上げたままぴきりと固まってしまった。


「……なんだ、これは」


 絞り出した問いに、ティナは心底不思議そうに首を傾け、


「なにって……レモンを浮かべたレモンティーになります」


「そうじゃねえ。"目覚めの紅茶"はミルクティーのはずだろ」


「存じております。ですがヴィセルフ様は、一度で起こしたければふさわしい紅茶をと」


 正確には"うまい紅茶を淹れろ"と言ったはずだが、まあ意図は同じだ。


「……それがコレか?」


 途端、ティナは自信たっぷりの笑みを咲かせ、


「レモンの酸味で寝ぼけ頭もすっきり! 更には疲労回復効果も加わって、ねぼすけなヴィセルフ様もシャキッとお目覚め頂けるはずです!」


 さあ、ぐーっとどうぞ! と促すティナ。


(いや、紅茶はぐーっと飲むものではないだろ)


 思ったが、わざわざ告げる気にもならない。

 朝から元気なこった……と、俺は半分諦めの心境でカップを手にし、紅茶に口をつけた。

 鼻を抜けるレモンの爽やかな香り。舌状には酸味と共に、ほのかな甘さが残る。


「これは……蜂蜜か?」


「はい。蜂蜜は喉にも良いといいますし、レモンとの相性も良いですから。それに、ヴィセルフ様。ミルクティーも蜂蜜入りが一番お好きなようでしたし」


「!」


 確かにティナは初日以降、手探りのごとく紅茶を毎日微妙に変えていた。

 時には茶葉を、時には甘味の有無を。

 だが俺はどの紅茶も「うまい」とは言っていないし、ましてや蜂蜜入りが好きだなんて、わざわざ口にした覚えはない。


「……どうして、気が付いた」


「へ? だってヴィセルフ様。蜂蜜入りのお紅茶は他のモノより味わってお飲みになっていましたし、お顔もいつもより和らいでいらっしゃいましたよ?」


「…………」


 黙りこくる俺に、ティナは少し焦ったようにして「え!? ち、違いました?」と顔を覗き込んでくる。

 ……本当、ころころと表情が変わるヤツ。


(たとえそうだったとしても、俺のそんなちっぽけな変化に気づけるのは、お前くらいなもんだ)


「……明日は蜂蜜を少し増やせ」


「! ということは、合格で――」


「何言っていんだ。まだ俺好みの味になってねえ」


 カップとソーサーをトレーに戻し、俺は再び布団に潜り込む。


「ああー! ダメですヴィセルフ様! 惜しかったのですからお目覚めください!」


 いつもならば即座に布団を剥がしとろうとするティナだが、今はトレーで手がふさがっているので出来ないのだろう。

 慌てた声に「いやだね」と端的に返した俺は、背を向けて気づかれないようにほくそ笑む。


(俺を起こすために、レモンティーなあ)


 寝起きにミルクティー以外を出されるのは、初めてだ。

 パーティでの花といい、レモンティーといい。ティナはいとも簡単に、"それまで"を打ち壊し塗り替えていく。

 それはもう愉快なほどに。そのまっすぐな瞳に、俺をはっきりと映して。


(ああ、息が出来る)


 そうか。俺がずっと望んでいたのは。

 隣に並び立って欲しいと願っていたのは、きっと――。


「ヴィ~セ~ル~フ~さま~~~~っ!!!!!」


「おわ!? おまっ、イキナリ枕を抜くんじゃねえ!」


「お布団はもう警戒されていますからね。裏をかいてみました!」


 いや、たんなる奇行ってだけで、裏でもなんでもないだろうが。

 なぜそんなにも得意げなのか。

 微塵もわからないが、嬉々とした感情駄々洩れな笑みを浮かべたティナを見ていると、指摘する気も削がれる。


「お前はホントに……俺が王子だってわかってんのか?」


「それはもう! メイン中のメインですから!」


「は?」


「あ! いえっ、つまり……国王陛下と共にこの国の中核を担うお方ですからって意味です!」


 明らかな空笑いを浮かべるティナ。

 なにやら良いように誤魔化しているのは一目瞭然だが、今は気分がいいから、そういう事にしておいてやろう。


(やっぱり、コイツはわかってて"コレ"なんだな)


 嬉しさ半分、呆れ半分で口端をつりあげた俺は、やっと辿り着いた答えに「そーかよ」と息をついた。

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