第14話俺の侍女だという自覚
結局、あの侍女を雇っていた首謀者は見つからなかったが、それがますます俺の熱に火をくべた。
(まさかアイツは本当に、ただ純粋に俺を送り出しただけ……?)
いや。こうして一度目のパーティーで油断させ、次の機会で仕留める作戦なのかもしれない。
「……おもしれえ」
俄然興味の沸いた俺は、ダンを使ってあの侍女を調べようとした。
が、名前もわからずでは時間がかかるといいやがる。
そこで直接、アイツをとっつかまえて名前をはかせた。ついでに、"もしかしたら"の可能性も潰しておく。
「地方によってマナーが違うのか?」
「……と、いいますと?」
「お前の家では、パーティーにはああして花をつけろと学ぶのか?」
とたんにアイツはさっと青ざめて、
「いえっ、あれは、ついといいますか……! 殿下ならば、宝石ではなく花もお似合いになるのではと思った次第でして……!」
(――嘘、ではなさそうに見えるな)
すべてが本心ではない。
だが、俺に不利益を与えようとしていたようにも思えない。
(今のところ、このまま泳がせていた方が、俺に利があるな)
そう判断した俺は、アイツを花付け役として利用することにした。
アイツのつけた花を胸に夜会を渡り歩いて、どこからか糸を引く人物との接触を待つ。
俺の見立てではアイツはどうにも"器用ではない"から、回数を重ねれば重ねただけ、そのうちアイツ自身がボロを出すような気もしていた。
だが。どれだけ待っても怪しげな接触者はおろか、アイツの態度が変わることはなかった。
俺が命じるまでもなく、飽きが来ないようにと趣向を凝らした花を用意し、俺に飾っては満足げな笑みで送り出す。
「さすがヴィセルフ様。よくお似合いです」
幼い頃から聞き飽きた、捻りのない賞賛。
なのになぜかコイツの言葉だけは、自然と心に沁みこむような。
(――限界だ)
いい加減、コイツの一挙一動に振り回されるのも、面倒になってきた。
予定ではもうしばらく泳がせておくつもりだったが……。
「――ティナ」
「へあ!? は、はい!?」
「明日の"目覚めの紅茶"は、お前が持ってこい」
(絶対に、尻尾を掴んでやる)
目覚めの紅茶。すなわち朝、俺の寝室に入れるただ一人。
その特殊性を利用して、俺のベッドに入り込もうとする侍女も珍しくはない。
地方の貧乏な伯爵家。しょぼい魔力。
強いて言えばその紫がかった髪と目の色が珍しいぐらいで、特に特筆すべき点のない、行儀見習い。
(もし、はじめからパーティーへの出席ではなく、俺が狙いだったなら)
これだけお膳立てしてやれば、間違いなく"正体"を現すだろう。
……その、はずだったんだが。
「――ダン」
カップの紅茶を飲み干し、思考を切る。
ダンの淹れるミルクティーは、随分と昔に俺が告げた好みの味から、微塵もぶれない。
俺はカップをソーサーに戻し、
「寝るからもう下がれ」
「そうか。なら、俺も部屋に戻るな」
ほどほどにな、とティーセットを片付けたダンが、トレーを手に扉へと歩を進める。
「――ああ、そうだ。ヴィセルフ」
扉を開く直前、ダンは顔だけで振り返り、
「あの子、婚約者はまだいないみたいだ」
「…………そうか」
役目は果たしたとばかりに頷いて、今度こそダンが部屋を出ていく。
静寂に、椅子へと沈み込んだ俺は顔だけで窓外の夜を見遣って、ふうと息を吐きだした。
――婚約者は、まだいない。
その事実に、安堵を覚えている自分がいる。
婚約者がいないのなら、まだ暫くは王城勤めだろう。
この城にいる間は、ティナは俺の侍女だ。俺が見限るまで。
「俺の、か……」
アイツは、わかっているのだろうか。
俺の気分ひとつで、その先の運命をいくらでも変えられるのだと。
わかっていてなお、ああも自由に……俺を利用しようとはせずに、いられるのだろうか。
***
「――おはようございます、ヴィセルフ様。本日も良いお天気ですよ!」
ジャッっと鈍い音に重なり、閉じた瞼が陽光を認識する。
眠りの縁から強制的に引き起こされた俺は、慣れた朝に「……うっせえ」と渋々上体を起こし、
「……いい加減、もう少し色気のある起こしかた出来ないのかお前は……」
「ご存知ですか、ヴィセルフ様。身体を目覚めさせるには、朝の陽ざしを浴びるのが一番なのだそうですよ」
にっこりと清々しい笑みを浮かべ、ティナは「お紅茶の準備をいたしますね」とワゴンへ。
俺は盛大な欠伸と共に背を重なった枕に預け、いまいちたどたどしい手つきを眺めながら意識の覚醒をはかる。
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