第13話アイツの花が変えた世界
どちらにせよ、俺を誘い出したいのなら、もっとマシな演技の出来るヤツを寄こせ。
あまりにお粗末な人選に、首謀者に文句を垂れたい気分だったが、そのためにもまずはこの侍女の先にいる黒幕を引っ張り出さないといけない。
この女を捕らえて尋問にかけるか、このまま騙されたフリをしてパーティーに赴き、ダンを使うか。
すると、こっちは重要かつ愉快な選択の真っ最中だというのに、ダンのヤツは事情も知らず、
「なあ、今回ばかりは行っておくべきだってヴィセルフ。ただのパーティーじゃないんだ。すっぽかしたら、お前の評判だって落ちる」
(……言われずとも、分かったうえで拒絶してんだ)
つまらねえ人形ばかりの世界で、せめて隣に立つ相手くらいは、"生きた人間"であってほしいと願っていた。
それさえ叶えば、望まれた通りに"ヴィセルフ・ノーティス"としての役割を演じてやってもいいと。
だというのに。
婚約者の名であてがわれたのが、よりにもよって自ら模範的な"人形"であろうとする、陰気な女だなんて。
(模範的な、令嬢の中の令嬢? 冗談じゃねえ。誰があんな女と結婚なんざするものか)
本当ならば、今すぐにでも婚約を破棄したい。
だが、これは父である国王の"命令"だ。俺が簡単に破れるようなものじゃない。
なら、どうすべきか。簡単だ。
俺じゃなく……あの女に、「この結婚は無理だ」と言わせればいい。
――あの女との婚約を破棄する。
その、唯一の望みが叶うのなら、俺の評判なぞ微々たる犠牲だ。
「……んなの、今更どうでもいいだろが」
「いいわけ――」
「いいわけないです!」
「!?」
声を上げたのは、なぜかあの侍女だった。
意味が分からない。
(お前は、俺を利用したいだけだろ?)
俺がパーティーにさえ向かえば、それでいいはずだ。
なのにどうして――そんな切羽詰まった顔で、俺を見るんだ。
「……どうよくないってんだ」
つい、尋ねてしまった俺に、その侍女は一瞬の迷いを見せてから、
「ヴィセルフ様は、いずれ国王になられるお方です。周囲に悪い印象を持たれては、予想だにしないところで敵を作ってしまうこともあります。志半ばで命を失うようなことがあっては……悔しいじゃないですか」
先ほどまでの下手な芝居が嘘のような、悲痛な面持ち。
(……まさか、本気で俺の身を案じているのか?)
いや、そんな筈はない。なぜなら俺の周りは嘘ばかりだからだ。
例外などあるはずがない。なのに――。
(何を期待しているんだ、俺は。散々裏切られてきただろうが)
物心つく前に母を亡くした幼い俺は、乳母に温かな母の幻想を重ねていた。
与えられる心地いい柔らかなぬくもりを、慈しむ言葉を。
疑いの欠片ひとつ持たず、ただ、純粋に信じていた。
「私はこの世界において、ヴィセルフ様を一番に愛おしく思っております」
陽だまりのような微笑みを浮かべ、俺を抱きしめた数日後。
乳母は俺の衣裳部屋から宝飾品を盗み出した罪で幽閉され、右手の指を全て失った。
きっとこの侍女も、その類に違いない。
そう、頭ではわかっているのに。
(なんだ、この感覚は。まだ俺は期待しているのか?)
「……わけわかんねえ」
(……ともかく、首謀者を引きずり出せば、はっきりする)
そうして俺は自身の
ところがいざ出発という時に、あの侍女がまたしても妙な行動をとってきた。
俺の胸に、花を飾ったのだ。
それも、自身の魔力をこめて咲かせた花を。
「……なんだ、これは」
標的としての目印か? だとしたら、あまりに愚策だろう。
男が胸に花を飾るなど、聞いた試しがない。
不審がるのが当然。俺が取り捨ててしまえば、それで終いだ。
(お前は本当に、依頼を成功させようとしてんのか?)
あまりのお粗末さにいっそ心配になってきた俺に、あろうことかその侍女は自身の失態を恥じるどころか、嬉々として花の説明をはじめ、
「これで一層、麗しくなられましたねヴィセルフ様! これで心残りはありません。いってらっしゃいませ」
向けられた清々しい笑顔は、それこそまるで、開花を迎えた花のような。
「――っ」
なんだ、これ。胸の奥がちりつく。
煩わしくもどこか手放しがたい熱を覚えた俺は、ゆらめく期待の灯火を消し去ろうと、ダンに「本当にそのままでいいのか?」と心配をされつつも花をつけたままパーティーに赴いた。
すると、どうだ。
その花は面白いほどに、周囲の"人形"を変えた。
俺を目にした奴等が、空虚な"人形"の殻を破り、血を通わせていく。
(ふん、悪くねえ)
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