第18話恩恵なんて望んでいません!
さすがはもてなしのエキスパートである、王城の料理人。一皿にも細やかな配慮!
ちなみに、たかが侍女である私の提案にここまで労力を割いてくれたのは、私の言う未知のお菓子に料理人としての好奇心が刺激されたから、というのが一番のようだけど。
いつもお菓子には手をつけず、紅茶一杯で帰ってしまうエラに、
「なんとしても俺たちの作ったティーフードを食べていただきたい……!」
と、対抗心にも似たプライドが渦巻いていたのを、はっきり覚えている。
なのでここは恩返しも込めて、この場に――エラの眼前に情熱の結晶を差し出す私が、ちゃんと頑張らないと。
「冷めても美味しいお菓子ですが、今ならまだ温かいので、より楽しんでいただけるかと」
未だ戸惑いが色濃いエラに、私はいたずらっ子のごとくニッと口角をあげる。
そしてこれは秘密事だと、指先を唇前に立て、
「実はまだ、ヴィセルフ様もご存じないお菓子なんです。エラ様とのこんな素敵なお茶会を袖になされるのだから、この国で初めて"チュロス"がテーブルに乗る歴史的瞬間に立ち会えずとも、仕方ありませんよね?」
途端、エラは面食らったように、丸めた瞳をぱちぱちと瞬いた。
それから指先で口元を隠し小さく笑うと、うっすら輝く瞳をとろりと緩め、
「そのような光栄な場に立ち会うのが、わたくしなどでよろしいのでしょうか?」
「エラ様にご賞味いただけるのであれば、こんなにも光栄なことはありません!」
恭しくスカートを摘まみ上げ膝を折った私に、エラは「……ありがとうございます」と小さく頷くと、皿に向き直る。
「チュロス……でございましたね。いただきます」
綺麗な仕草でフォークとナイフを手にしたエラが、薄黄色の一本をサクリと一口サイズに切り分ける。
それから一瞬だけ迷ったように手を止めたものの、小皿のシナモンシュガーにチュロスをそっとくぐらせ、桜色の愛らしい唇を開いて口内へ。
途端、驚いたように肩を揺らし、ナイフを置いた手を口元に寄せた。
「――っ」
さすがはご令嬢の中のご令嬢。咀嚼するまではお話にはなられません。
けれども向けられた瞳には明らかな感動。上気した頬には嫌悪ではなく、興奮が見て取れる。
(よかった、上手くいったみたい)
あとでちゃんと料理人の皆に報告してあげなきゃ!
胸中で安堵の息をつくと、やっとのことでエラが口を開き、
「このようなお菓子は、初めて口にいたしました……!」
高揚した瞳がチュロスへ戻り、
「外側はサクッと香ばしくも、内側はもっちりと弾力ある生地が楽しく、噛みしめるたびに生地とお砂糖の甘みが広がり……。それでいてシナモンの香りがアクセントとなっていて、油と交わる甘さがまったく重く感じません」
「気にいって頂けました?」
「ええ。はしたなくも、今すぐにもう一口を頂きたいと考えてしまうほどに」
「ぜひぜひ! エラ様にお出ししましたお菓子ですので。心ゆくまでご堪能下さい!」
お紅茶のおかわりもご用意しておりますから! とティーポットを持ち上げ笑んだ私に、エラもつられたようにして微笑む。
けれど、途端にどこか悲し気に睫毛を伏せ、
「ですが……わたくしがどれだけこの菓子を気に入ろうと、残念ながら、ブライトン家からの恩恵は望めないかと……」
「……へ?」
え? お、おんけい!?
(どうして急にそんな話に!?)
あ、なるほどわかった。
私がエラをこうして特別に扱ったのが、ブライトン家からの見返り目当てだって思われてるってこと!
「ち、違いますエラ様っ! 誤解でございます!!」
とんでもない! と私は力の限り首を左右に振り、
「私がこのような菓子をお出ししたのは、エラ様がブライトン家だからではなく、エラ様だからです!」
「わたくしが、わたくしだから……ですか?」
心底困惑している様子のエラに、私は「そうです!」と大きく頷いて、
「私、知っています。"令嬢の中の令嬢"と尊敬の眼差しを集めるエラ様が、誰よりもそうあろうと必死に努力なさっているの。特にヴィセルフ様とのご婚約が決まってからは、より一層、ご自身の心よりも"ブライトン家"としての在り方をその背に負ってらっしゃるの」
ゲームでたびたび登場するエラの両親は、歴史あるブライトン家としてのプライドと格式を煮詰めたような、厳格な人たちだった。
他の令嬢とは違う。
当家の名に恥じぬ振る舞いを。
そう幼い頃から教育されてきたエラは、良く言えば"手のかからない優秀な子"に。
無邪気な笑顔はいつしか記憶の彼方。
自然と自分の感情を押し殺すようになってしまった。
ああ……ゲームで流れるエラの幼き日々の回想を思い出すと、涙が……こみあげて……っ!
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