第10話王子はお目覚めから気が抜けないようです

 あれほど貫いていた「お茶会パーティー嫌い」はどこへやら。

 ヴィセルフはあれから数日おきに、花を飾ってはどこかしらの社交場に顔を出している。

 どうやらクレアの話によると、ヴィセルフの影響で、社交界では男女問わず生花を身に着けるスタイルが流行っているらしい。


(まさか、流行の最先端になっちゃうなんてなあ……)


 予想外の影響が起きてしまったとはいえ、エラを苦しめる要因がひとつ減ったことに違いはない。

 それに、これだけ一緒に社交場へ顔を出していれば、周囲だって二人の婚約を確固たるものとして認めるはず。

 そうなれば自然と、エラは未来の王妃として丁重に扱ってもらえるに違いない……!


(ゲームが開始する学園の入学まではあと一年近くあるし、これは本当に、なんとか出来るかも)


 なんなら入学時には、「コイツは俺の婚約者だ」って周囲に睨みをきかせるヴィセルフが見れるかもしれない!


 弾む期待に緩みそうな頬をくっと耐え、今夜は夜会に出席するらしいヴィセルフの胸元に、仕上げの花を取り付ける。

 と、夜会ということもありいつもより華美な衣装を纏ったヴィセルフが、怪訝そうに片眉を上げた。


「ん? なんかいつもよりデカくないか?」


 おお、目ざとい。

 実は今日は、エラの髪と同じ淡い水色の花を主役に、ヴィセルフの髪をイメージした黄色の小花をあしらったコサージュを作ってみた。

 てっきり"花が飾ってある"ことが重要で、花そのものには興味がないのかと。


「単色ばかりでは、そろそろ飽きがくるかと思いまして。流行というのは、常に変化していくものですし」


 正式な花付け係となってから、身支度隊のお姉さまたちが、その都度お衣裳に合う飾りピンを用意してくれている。

 細工の美しいピンを使ってコサージュを固定し、バランスを見るために数歩引いて、ヴィセルフの全身をチェック。

 ……うん、曲がってない。高さもよし。


(それにしても、この色とボリューム感ですら違和感なく馴染むなんて、当て馬といえどやっぱり主要キャラ……)


 横暴やら我儘やら、性格には難有りだけども、なんだかんだ育ちの良さが滲み出ているというか……。

 品のある佇まいのお陰で、どれだけ盛っても嫌味がないというか。


(見た目は余裕で攻略対象キャラと張り合えるんだし、まだまだ未来は明るい!)


 よし、と満足に頷いた私は、にこりとヴィセルフを見上げ、


「さすがヴィセルフ様。よくお似合いです!」


「……ふん。当然だ」


 無感動に鼻を鳴らしたヴィセルフが、大鏡前から歩き出し扉へと向かっていく。


(エラもあのコサージュに、ちょっとでもときめいてくれたらいいなあ)


 そんなことを考えながら、他の侍女さんたちと一緒に頭を下げて見送っていると、


「――ティナ」


「へあ!? は、はい!?」


 え、私だよね!?

 うん、ばっちり目が合うから私だね!?


(ヴィセルフが私の名前呼ぶの、初めてじゃ――)


 すっと、ヴィセルフは無遠慮に私を指さして、


「明日の"目覚めの紅茶"は、お前が持ってこい」


「…………えっ?」


 なん、ですと??


「俺は言ったからな」


 そう短く言い置いて、ヴィセルフはさっさと行ってしまった。

 ちょっ、え? なんでまた、私??


("目覚めの紅茶"ってつまり、アーリーモーニングティーだよね?)


 え、私がヴィセルフを起こすの? おかしくない??

 だって確か王子のお目覚めは、城勤め三年目以降の侍女さんのお仕事だ。

 理由は単純。次期国王が寝起きという無防備な状態を晒すのだから、何よりも信頼性が第一になる。


 私みたいな一年ちょっとの、しかも基本的にルームメイトとペア行動の行儀見習いが、おいそれ担当出来るような役目ではない。


(とっ、とにかく、マランダ様に相談してこよう……!)


 マランダ様なら、「ヴィセルフ様のご指名とはいえ、そんな大層な役目を任せるわけにはいきません!」って、なんかいい感じに説得してくれるかも……!

 ――と、一縷いちるの望みを抱いていたのだけど。

 私の話を聞いたマランダ様は、


「ヴィセルフ様が直々にご指名とは、なんと光栄な! わかりました。今すぐ指導に入りましょう!」


(まさかのやる気ー!!?)


 ……という感じに、なぜか張り切って指導を付けてくださり。

 そんなこんなで翌朝。


「危なそうだったら逃げてきなよ」と、クレアには私の失敗を見越したような激励と共に送り出され。

 いつもよりも十倍増しで注意深く作業した私は、なんとか大きな失敗もなく、時間までにティーセットを用意した。


 ワゴンをころころ押して、朝日の射し込む滑らかな廊下を進み、辿り着いたヴィセルフの書斎の扉前。

 立ちはだかる壁のようなその前で、すうと深呼吸。


 ――ヴィセルフはどうして、私を指名したのだろう。


 行儀見習いって部分はともかく、新入りだってことぐらいはわかっていそうな風だけども。


(まさか、わかりやすく大失敗させて、今度こそサクッと首にしようとかそういう!?)


 た、たしかにゲームのヴィセルフならやりそうーーーっ!!

 エラの手作りクッキーに紅茶をひっくり返すくらいだし、まさか、私も「くそマズい」って紅茶をかけられたりしないよね!?


(うーん、でもなあ……)


 微かな違和感に、私はむうと顎先に手を遣る。

 確かに、"ゲームの"ヴィセルフなら想像がつく。

 けれどもどうにも……私が実際に関わっている、近頃のヴィセルフで想像するには、なんだか野蛮すぎる気がするのだ。

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