第11話我儘横暴王子を起こすには

(それに、私を辞めさせたいのなら、まずは花付け係を首にするだろうし……)


 ううん……とひとしきり唸ってから、まあ、ともかく行くしかないかと腹をくくる。

 どうせいくら考えたって、私とは思考回路が異なるヴィセルフの意図が分かるワケない。


(ともかく失敗だけはしないように! いざ、尋常に勝負!)


 気分はまさに戦前の武将。

 背を正し、寝室の扉をノックしてから開く。


「……失礼いたします」


 そろりと中を覗き込むと、カーテンが引かれた書斎は薄暗く、しんと静まり返っている。


(まだ、寝てるのかな……?)


 昨日は終業ギリギリまでマランダ様の指導を受けていたから、普段のヴィセルフの寝起きがどうなのか、まったく情報がない。

 ドキドキと大きく脈打つ心臓を宥めながら、奥へと進んで寝室の扉前に立つ。


 再びノック。反応はなし。

 こくりと喉を小さくならし、意を決して寝室の扉を開く。


「失礼いたします、ヴィセルフ様。目覚めのお紅茶をお持ちいたしました」


 ワゴンを部屋に押し入れて、恭しく頭を下げる。

 けれども天蓋の中の膨らみは微動だにせず、声ひとつ返ってこない。


(やっぱり、寝てる?)


「……ヴィセルフ様、お目覚めの時間でございます」


 もう一度声をかけてみるも、やっぱり結果は同じ。


(さて、どうしたものか……)


 マランダ様からは一通りの流れと、紅茶の淹れ方を教えられたのみ。

 肝心のヴィセルフをどう起こすかについては、何の指導も受けていない。


(ベッドに近づいて布団を剥ぐ……、とか?)


 うーん、でもその方法だと、仮にも一国の王子相手にちょっと強引すぎるような。


(あ、そうだ)


 ひらめいた私はカーテンに近づき、


「おはようございます、ヴィセルフ様。良い朝でございますよ!」


 力を込めて、シャッと勢い良く開ける。

 途端、部屋が明るくなると同時に、


「おわ! おま、なにすんだ……っ! 起きちまうだろうが!」


 がばりと上体を跳ね上げ、顔を歪めるヴィセルフ。

 あ、起きた。


「おはようございます、ヴィセルフ様。ただいま紅茶をお淹れします」


 あー良かった、良かった! やっぱりどの世界でも、朝日は最強の目覚まし!

 ほくほくとした達成感に、上機嫌で紅茶とミルクをカップに注いでいると、


「……お前、本当になんの下心もないんだな」


「…………はい?」


 どこか憮然とした声。

 私は湯気の漂うミルクティーをトレーに乗せ、ヴィセルフを見遣る。


(下心……。下心??)


 腕を組んで難しい顔をするヴィセルフに疑問を飛ばしながら、ベッドに歩み寄って「お目覚めのお紅茶でございます」とトレーを差し出した。

 ティーセットを持ち上げたヴィセルフは一度、紅茶と私を交互に見遣るも、カップに口をつけこくりと喉を鳴らし、


「……"行儀見習い"の名目で入り込み、俺の愛人になろうとする令嬢は珍しかねえ」


「…………」


 愛人。ああー、なるほど。愛人か。

 確かに次期国王であるヴィセルフの寵愛を得れば、一族も本人もこの国では一生安泰だろうし。

 下手に令嬢としてチャンスを伺うより、侍女として生活圏に潜り込んだ方が、ヴィセルフに近づく確率も上がるワケで――。


「……ん? 待ってください、それってもしかして私のこと言ってます!? ちが、違います! 断じて!! というか愛人とか無理です!!」


 そもそもエラとくっついて欲しいんですけど!?


「だろーな。少なくとも愛人狙ってるやつは、こんな色気の欠片もねえ目覚めさせ方なんざしねえ」


「そ、れは……。疑いが晴れたようで、なによりでございます……?」


「……お前なあ、とっくに社交デビュー終えてるんだろーが。……まあ、いい」


 ヴィセルフはもう一口紅茶を流し込んで、三分の一が残るカップを「ん」と私に差し出した。

 もう、いいのかな?

 私が再びトレーで受け取ると、


「……疑って、悪かった」


「はあ……。……へっ!?」


 まっていまヴィセルフ"悪かった"って言った!? 聞き間違いじゃないよね!?

 あのヴィセルフが!? 私に!? 疑って悪かった!!!?


(ヴィセルフって他人に謝れたんだ……!)


「あ、あああああのヴィセルフさま、私は!! まったく!! 気にしていませんから!!」


 思えばゲームでのヴィセルフは、基本的にエラの視点を通していることもあって、攻略対象キャラと比べると極端に情報が少ない。


(もしかして、ヴィセルフってただの我儘横暴王子じゃないのかも……?)


 カップを急いでワゴンに戻し、「お気遣いありがとうございます!」と頭を下げると、


「別に、気をつかったわけじゃねえ」


 ぶっきらぼうなヴィセルフの声に重なる、ボスリとした鈍い音。

 はっと顔を上げると、再び布団にくるまるヴィセルフの姿。


(ま、まさかの二度寝……!?)


「ちょっと、ダメですヴィセルフ様! お目覚めくださいっ!」


「はっ。俺を一度で起こしたきゃ、うまい紅茶を淹れられるようになるんだな……って、おい。やめろ布団を剥がそうとするな!」


「そうおっしゃるのなら、おーめーざーめーくださいー!」


 麗らかな朝日の射し込む寝室で、優雅とは程遠い決死の攻防を繰り広げる。


(王子のお目覚めってこんなに体力使うんだ……!?)


 なんとかもっふもっふの布団を剥ぎ取った私は、まさか今度は"お目覚め担当"として毎朝この攻防を繰り返すことになるなんて、夢にも思っていなかった。

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