第8話ルームメイトは選ばれしモブ令嬢のようです

 心配そうに眉根を寄せるクレアに、私は慌てて首を振る。


「ううん、痛みはもう全然」


「本当に? アンタ、すぐ強がるから」


「あはは……本当に、嘘じゃないよ。お医者様も、たんこぶだけって言ってたし」


 私達みたいな行儀見習いで来ている侍女は、王城勤めウン十年のベテラン侍女であるマランダ様が統括している。

 ヴィセルフ様のパーティー出席はあっという間に城中に広まり、一連の騒動をマランダ様に報告するにあたって、私の転落も話さざるを得なかったのだ。

 すると、あれよあれよという間にお医者様が呼ばれ、しっかり診察してもらえてしまった。


「侍女とはいえ、あなた達はこの国を支える貴族のご令嬢。王城で不遇があったとなっては、民に示しがつきません」


 正直、私の一家が国を支えられているかどうかは微妙なところだけど……マランダ様の認識としては、私もその対象に入るらしい。

 後頭部の小さなたんこぶに触れながら心配ないよと笑んだ私に、クレアは「そう」と小さく息をつくと、


「もう寝てもいいんじゃない? この時間で呼ばれないんじゃ、もうないでしょ」


「……クレアもそう思う?」


 私の処遇は帰ってから。逃げるなと釘をさすヴィセルフに、私は待っていると約束した。

 だからとっくに寝支度を済ませた今でも、いつでも着替えられるよう侍女服を傍らに待っていたのだけれど。


「まだ帰ってきてないか、帰ってきてすぐ寝ちゃったんじゃない? 久しぶりのご出席で相当お疲れだろうし、ヴィセルフ様のことだから、侍女をいたぶるより自分の眠気優先でしょ」


 確かに、基本的にヴィセルフは気まぐれだ。そして何より、自分第一。

 加えてよくよく思い返してみれば、"戻ったら"とは言われたものの、"今夜"という指定はない。


「……そうだね。よーし、寝ちゃおう!」


 閉じた本を床に置いて、シーツの中に潜り込む。

 すると、クレアはふっと瞳を緩めて、


「そうしな。ただでさえアンタ、けが人なんだから。明日だって朝からなんだし、寝坊されちゃアタシが困る」


「はい、寝ます。すぐ寝ます!」


「ほんとアンタ、頭打ってからちょっと変わったよね。ほら、電気消すよ」


 声と共にクレアの顔が引っ込み、部屋が暗くなる。


「おやすみ。夢の中でも落っこちないようにね」


 からかう声に、私は「気を付けます……」と苦笑して、


「……今日は本当に色々とありがとう、クレア」


「……頼られるのは嫌いじゃないよ。自分で何でも解決してみせるって気負った態度をとられる方が、不愉快だし」


 うわあ……それは思いっきり、前世の記憶が甦る前の私だ。

 田舎の貧乏伯爵家の令嬢。そんな自身の出生を恥じていて、馬鹿にされるのが嫌で。

 だからこそ、誰にも……同室のクレアにも頼らずに、一人でなんでも立派にやり遂げてみせるって気を張っていた。


 それが、前世の記憶を取り戻すまでのティナ

 浮かんでは消えていく、クレアの数え切れないほどの好意を無下にしては、自身を追い詰めていた日々。

 そうして意固地になり続けた結果が、今日の転落事件なのだから、本当に手に負えない。


「……ごめんなさい」


 呟くと、クレアがちょっと笑ったように空気を揺らした。


「せっかく面白くなったんだし、明日のアンタが元に戻ってないことを祈るよ。おやすみ」


「……本当にありがとう、クレア。いい夢を。おやすみ」


 ねっ、ねえーーーー!?

 なんっ、え? クレア、めちゃくちゃ大人ってか優しすぎない??

 これでティナと同い年? この包容力で十六歳??


(えっ、クレアって攻略対象……なわけないよね。そもそも女の子だし)


 じゃあヴィセルフの取り巻き令嬢に?

 思ったけれど、クレアという名前に覚えはないし、そもそもヴィセルフを慕っているような素振りは一切ない。

 となると、クレアも私と同じく、モブ令嬢ってことになるのだけど……。


(モブのレベル高すぎじゃない? 乙女ゲームだから?)


 だとするのならば、同じモブのティナにはその法則が……働いていないような……。


(モブはモブでもクレアはこう、どこかの背景に出てたような、選ばれしモブだったのかな……)


 うん、きっとそうに違いない。

 結論付けた私は暗く沈んだ視界を見つめながら、改めて決心する。


(……明日、ヴィセルフ様に呼ばれたら、解雇だけは許してくださいって、土下座してでも食い下がろう)


 だって、この国が荒れ果て朽ちてしまったら、こんなに優しくて頼りになるクレアだって、どうなってしまうかわからない。

 選ばれしモブですらない、モブの中のモブである私に出来ることなんて、本当にちっぽけだろうけど。

 それでもこのティナとしての人生は、自分を誤魔化したりしないで、最後まで出来る限りあがきたい。


 ――せっかくの、二度目の人生なのだから。


(……くーちゃん、どうなっちゃったかな)


 あの後そう経たずとして、お母さんに看取られながら、天国への階段を上ったのだろうか。

 苦痛のない、穏やかな最期だったならいいのだけど。


("最後まで面倒みる"って。家族になった日に約束したのに、破っちゃった)


 ごめんね、くーちゃん。

 もう届かない、どうしたって変えられない過去に瞼を閉じて、私はひとり謝罪を胸に背を丸めた。

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