第6話仲良しアピールのため、花を飾っていただきます
やってしまったものは仕方ない。
ならせめて、この最初で最後のチャンスとも言える今に、出来ることを精一杯やり尽くさないと。
脳裏に前世の最期がよぎる。
(今回も後悔を抱えて終わるなんて、絶対に嫌……!)
私は大鏡前に飾られていた花瓶から花を一本引き抜いて、部屋から飛び出し、
「お待ち下さい、ヴィセルフ様……!」
廊下を行くヴィセルフとダンが、驚いたようにして振り返る。
私は全力でヴィセルフに駆け寄って、
「……なんだ。言い訳なら帰ってきてからに――」
「いえ、違います。これを」
私はまだ膨らんだばかりの蕾に手を添え、目をつむり魔力を注いだ。
微かな光を携えて、青い花弁がふわりと開く。
「お前っ……!」
ヴィセルフは両目を細め、
「そうか。"緑の魔力"持ちか」
「はい。といっても軽微なモノで、こうして花を咲かせることと、咲かせた花を長持ちさせる程度の力しかありませんが」
言いながら私は、咲かせた花を
頭にさしていたヘアピンを引き抜いて、「どうかこれを」とヴィセルフの胸元に花を固定する。
「……なんだ、これは」
「御覧の通り、花でございます。あ、ご心配には及びません。私の魔力で、今夜一晩は水がなくとも美しいままですので」
「いや、そうじゃ……」
戸惑った様子のヴィセルフを見上げ、私はにぱっと笑んでみせる。
「これで一層、麗しくなられましたねヴィセルフ様! これで心残りはありません。いってらっしゃいませ」
再び膝を折った私に、ヴィセルフは何か言いたげにしていた。が、結局無言のまま踵を返し、廊下を進んでいった。
よし、やった。やりきった。
なぜなら私が選んだ青い花は、このパーティーでエラが纏っているドレスの色だからだ。
ヴィセルフがエラの誘ったパーティーに出るってだけでも効果はあるだろうけど、そこに更にエラと同じ色の花を飾っていたら。
周囲はきっと、「相手の色を飾る仲の良い婚約者」と認識するに違いない。
あの花にはそんな期待と打算が、こっそりと込められている。
(これがきっかけでお互いを意識してくれたら一番だけど……! そこまではいかなくても、絶対噂にはなるだろうし!)
社交界の噂は広まるのが早い。
外堀から埋めてしまえば、勢い任せにヴィセルフとエラの関係が進展する可能性も……!
「……驚いた。アンタ、こんな大胆なコトする性格だったっけ?」
「! クレア……っ」
廊下に出てきたクレアと共に、「久しぶりにやり切ったわー!」と満足気に去っていく身支度隊の侍女さんたちを見送る。
それから私はクレアに深々と頭を下げて、
「ごめんね、クレア。色々と巻き込んじゃって……。クレアは私に指示されただけだって、ちゃんとヴィセルフ様に伝えておくから……っ!」
「別に、どっちでもいいよ。私もけっこう楽しかったし。あ……ホラ、見てみなよ」
窓の外を視線で示すクレアに誘われ、私も窓から外を見下ろす。
と、丁度のタイミングで、白い馬に引かれた馬車が門を出ていくのが見えた。
乗っているのは言わずもがな、ヴィセルフとダン。どうやら無事、パーティーへと出発してくれたみたい。
「……よかったあ」
安堵の息を深々と。
なんだかどっと疲れた気がする。
「よくわからないけど、良かったね」
肩を竦めたクレアが、「んじゃ、アタシ達もやることやろっか」と部屋へと足を進めた。
……そうだった。私たちはこれから、"後始末"をしないとだ。
濡れた衣装はさっきの侍女さんたちが回収してくれたみたいだし、濡らしたソファーと絨毯をなんとかしなきゃ。
「ごめんねクレア、余計な仕事も増やしちゃって……」
「なーんだ。もう戻っちゃった?」
「ん?」
どこか意地悪気に口角を吊り上げ振り返ったクレアに、私は首を傾げる。
するとクレアは私の眼前に戻ってくると、顎先を人差し指でつついて、
「さっきから、"ごめん"ばっかり。言ったでしょ? アタシも結構楽しかったって」
「あ、と……」
(怒ってない、んだ……)
そして彼女はたぶん、別の言葉を望んでいる。
「……手伝ってくれて、ありがとう。クレア!」
その優しさに感謝しながら告げると、
「うん。やっぱりアンタは、そっちのが似合ってるよ」
満足そうな笑みで頷いたクレアは、踵を返し、ヴィセルフの部屋へと戻っていく。
私もその背を追いかけ、
「……もしかしたら、これが最後のお仕事になっちゃうかもなあ」
「最後の? ……ああ、水をかけたからっってこと」
クレアは部屋に置いていたワゴンから、乾いた雑巾を引き抜いて、
「たしかに、ヴィセルフ様なら"解雇"って言いかねないけど、今回は大丈夫なんじゃない?」
「え? どうして?」
「だってアンタ、あのヴィセルフ様をパーティーに出席させたんだよ? ダン様なんて、特に感謝しているんじゃない? 国王からも、そろそろ一つくらいマトモに出させろってせっつかれてたみたいだし」
「そう、なんだ……」
ダンは代々、王家を守る従者騎士の家系だ。
ダンの父親は、国王の従者騎士として仕えている。
ヴィセルフより一年早く産まれたダンは、王妃が身籠ったその瞬間から、生まれてくる子の従者騎士となることが決まっていた。
自身の使命を早々に理解したダンは、幼い頃から我儘で高慢なヴィセルフに仕えており、成長した今ではヴィセルフに意見できる唯一で……って、ん?
(なんで私、こんなにダンの情報に詳しいんだろう?)
「…………あーっ!!!!」
思わず声を上げた私に、跳ね上がったクレアが「な、なになに!?」と雑巾をぽろりと落とす。
私は記憶が飛び交う頭を抱えて、
「ごめん、なんでも……なくはないんだけど、なんでもない……」
――知っているはずだ。
だってダンは、攻略対象の一人なんだから……!
(ど、どうしよう……! ダンも一緒にパーティー行っちゃった……!)
うっかりここでダンルートに……! なんて、ならないよね……!?
顔面蒼白でうずくまる私に、クレアは不可解そうな眉間に心配をうつして、「やっぱり、ちゃんと医者に診てもらったほうがいいよ」と私の背を撫でた。
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