第4話パーティーのすっぽかしはご遠慮ください!
そもそもヴィセルフは「好きではない」と言って、以前からパーティーやらお茶会の類にはほとんど出席しない。
この世界の社交界では、婚約後は基本的に婚約者と出席するのが通例だというのに。
エラと婚約してからも、その不参加癖は変わらず……。
エラはひとりでパーティーに出ては、周囲から注がれる憐れみや好奇の視線に耐えていた。
そしてやはり、意を決して誘ったこの従弟のパーティーでも、ヴィセルフは待ち合わせに現れないまま。
失意を飲み込み、エラがひとりで出席するも、「この婚約はブライトン家の一方的な押し付けなのでは」と噂されるのだ。
本当は、精霊族の血をひく『ブライトン家』の箔を欲しがった、王家側が提案した婚約だというのに。
(うん。ここまでされたら、いくら心優しいエラでも、ヴィセルフに愛情なんて抱くわけがないよね!)
って、あれ……?
(ヴィセルフがエラを好きになったとしても、エラがヴィセルフを見限っていたら意味がないんじゃあ……)
それこそヴィセルフがエラを好きになる前に、エラが攻略対象キャラの誰かを好いてしまったら。
婚約破棄イベントを発生させるのはヴィセルフではなく、エラかもしれない。
「……だ、だめ!」
「わっと、急になになに?」
「あ、ごめん……。その、今夜のパーティーは絶対に出席していただかないと、エラ様がお可哀想だから」
「そりゃ、そうでしょ。身内主催のパーティーなのに婚約者が来ないだなんて、普通の貴族ならあり得ないし。けどまあ、ヴィセルフ様が相手じゃね」
珍しくもないでしょ、という呆れの雰囲気を含んで、クレアがソファーのクッションを並べなおす。
わかるよ。私だって、今まではクレアと同じように心の中でエラ様に同情しながらも、これといって何をするでもなく仕事を全うするだけだったから。
けれど今の私は、この後に続く悲惨な未来を知ってしまっている。
私のためにも、家族のためにも。
モブ令嬢、ティナ・ハローズ。お役目を果たさせていただきます……!
「……ごめん、クレア。この花瓶借りるね。それと、奥のクロ―ゼットからヴィセルフ様のパーティー用のお衣装を出してきてもらってもいい?」
「え? だってお着替えは私達の担当じゃ……って、ちょっとティナ、どこに――」
クレアが花を取り換えたばかりの花瓶を抱え、勇み足で寝室から踏み出す。
書斎のソファーで寛いでいるヴィセルフは、ちょうど私に背を向けている状態だ。
気づかれないよう足音を忍ばせ、足早にその背後へと近づいた私は、意を決して――。
「わあー! 手が滑ったあー!!」
「!?」
パシャン! と花瓶から勢いよく放たれた水が、ヴィセルフの美しいジュストコールの背を濡らす。
「…………は?」
ぎ、ぎ、ぎ、と。
ブリキの人形さながら、ぎこちなく振り返ったヴィセルフは、あっけにとられたような顔をしていた。
けれど、徐々に怒りを露わにして、
「おま、俺サマに水をぶっかけるたあ、いい度胸……っ」
「大変申し訳ございませんヴィセルフ様! 毛並みの良い絨毯にうっかり足を取られてしまったとはいえ、なんたるご無礼を! 今すぐにでもこの頭を床にこすりつけお許しを請いたいのですが、今はヴィセルフ様のお身体が第一にございます!」
「あ? なん……」
「濡れたままではお風邪を召されてしまうやもしれません! 一刻も早くお着替えいたしましょう! はい、お立ちください!」
対面に駆け寄り引き起こすようにして腕を引っ張ると、ヴィセルフは混乱したようにしながらも「は? 着替え?」と反射のように立ち上がる。
すかさずスポーンと上着をはぎ取った私は、ちょっともたつきながらもヴィセルフのお衣裳をはぎ取っていく。
と、案外素直にされるがまま薄着になっていくヴィセルフが、
「……お前、何が目的で――」
「私の処遇については後程お伺いいたします。今はお着替えにご集中ください」
「……いや、集中したいのはお前の方だろ」
あ、バレた?
だって着替えの手伝いなんてやったことないし、焦るあまり高級衣装を破損をさせてしまっては、弁償できる自信もない。
慎重に、手早く。
指先をちまちまと動かして、やっとのことでシャツをコンプリート……!
達成感に満足しながらシャツを脱がせて……って、あれ? ズボンって、お手伝いいるのか?
「……あの、ヴィセルフ様」
「…………なんだ」
堂々たる半裸で低く答えるヴィセルフに、下はどう手伝うのかと尋ねて良いものか迷った刹那。
「お待たせいたしました、ヴィセルフ様。お着替えにございます。こちらの袖にお手を」
(ク、クレアーっ!!)
新しいお衣裳を手に颯爽と現れたクレアが、ヴィセルフをテキパキと着替えさせていく。
同室の侍女は基本的にワンペアとして仕事に配属されるから、クレアも着替えのお手伝いはしたことないはずなのだけど……。
迷いない動きは手慣れていて、私にもちゃんと無理のない指示をくれる。
もしかしたら、兄弟がいて手伝ったことがある……とかなのかな。
(それにしたって有能すぎない?)
前世の上司からうけた、それはそれは散々たる指導が思い浮かぶ。
(こんな有能なご令嬢と同室だなんて、もしかしたら今世の"ティナ"は運がいいのかも)
ありがとう運命の神様……!
ありがとう転生の創造神……!
いるかどうかもよくわからない神様に胸中で拝んでいると、あっという間に金の刺繍が美しい緑のお衣裳を纏ったヴィセルフが出来上がった。
うんうん。さすがは乙女ゲームの、当て馬といえど王子。
黙って立っていれば、攻略対象でもおかしくない美麗さ。
ちょっと眉間の皺が物騒だけどね!
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