第3話その婚約破棄イベント、回避させていただきます!

 このヴィセルフ王子。

 なんと主人公である婚約者の公爵令嬢をこれでもかと毛嫌いし、あろうことか、数々の嫌がらせを繰り出してはネチネチといじめてくるのだ。


 そして遂には、強力な魔力の持ち主を集めた王都クラウン学園の卒業パーティーで、主人公に難癖をつけて婚約破棄を突き付ける。

 この時までに攻略対象の好感度を基準値まで上げておかないと、主人公は国外追放。

 森でさまよいながら、命を落としてしまうのだけれど……。


 もし、好感度がクリア出来ていれば、攻略対象キャラによって救出イベントが発生。

 共に向かった新天地で幸せな日々を得た主人公は、心が満たされ、加護と創造を司る"白の魔法"を開花させるのだ。


 ヴィセルフは貴重な力を持つ者を追放した罰として、投獄され、破滅の道を辿ることになる。

 つまり、ヴィセルフはこのゲームにおいて、返り討ちを受ける"当て馬王子"だ。


(ここがゲームの世界ってことは、私にはいったいどんなキャラに……!?)


 ヴィセルフ側に雇われている侍女ってくらいだし、まさか、主人公を虐める悪役令嬢とか……!?


 ――ううん、それはないか。


 だって"ティナ"は貧乏な伯爵令嬢だし、魔力だってたいしたことない。

 主人公である公爵令嬢と張り合うどころか、並び立つのも難しいくらいだ。

 なら、ヴィセルフに好感を持つがゆえに主人公を虐める、取り巻き令嬢のひとりとか……?


(ヴィセルフに好感……? ううん、ないなあ)


 ゲームのプレーヤーとしてはもちろん、侍女として働き始めてからも正直これといった好意を持った記憶はない。

 むしろその理不尽っぷりに辟易へきえきしているくらいだ。


(うーん、ティナ・ハローズ……ティナ・ハローズ……)


 窓ふきに戻った私は、手を動かしながらも映る自身とにらめっこしつつ、ゲームの記憶を掘り起こす。

 この世界ではちょっと珍しい、紫色をした髪と目。ゲームに出てきていれば、印象に残っていると思うのだけれど……。

 いくら記憶のページを捲ろうと、その容姿にも、『ティナ・ハローズ』という名前にも覚えがない。


(ってことは、もしかしてただのモブ令嬢ってことじゃあ)


 や、やったー!

 正直乙女ゲームはゲームだからいいのであって、自分がリアルにその世界に入ったとなると、恋だの嫉妬だの策略だのって面倒すぎて関わりたくないし!


 望むのは平和で穏やかな生活。

 ヴィセルフには悪いけど、このまま私は一介のモブ令嬢として侍女のお勤めを果たしながら、慎ましくも穏やかな生活を……。


(あれ? ちょっと待って)


 確か、ヴィセルフの破滅エンドの中には、ヴィセルフだけじゃなくてこの国全体が衰退してしまうエンドもあったような……。


 ――そう。そうだ。


 攻略対象キャラと新しい国で地位と名声を得た主人公は、"白の魔法"の力で新たな国を支え発展へと導く。

 そして数年が経ち、自身を追いやったヴィセルフとその国は酷い有様になっているのだと知らされるんだった。


 ……まずい。


 自分が主人公としてプレイしていた時はスカッとした気分になれたけれど、ただのモブ令嬢としてこの国で生きる身としては死活問題だ。


 ただでさえ貧乏な我が家なんて、国が廃れたら没落一直線。

 土地や家を無くしたあかつきには、路頭に迷って主人公のごとく森の中エンドに違いない。


(だ、だめだめ! 私の平穏のためにも、何としてもヴィセルフの破滅エンドを阻止しなきゃ……!)


 ヴィセルフの破滅エンドを阻止する。

 つまりそれは、起点となる婚約破棄イベントを回避しなければならないってこと。

 そのためにはヴィセルフが「婚約破棄したい」って思わなきゃいいってことで……。


(わかった。ヴィセルフがエラを好きになってしまえばいいんだ!)


 そうすればヴィセルフはエラを大切にするわけだし、エラへの嫌がらせも無くなる。

 愛を持って接するヴィセルフに、エラも心を開いてくれれば――婚約通り、ヴィセルフとエラは祝福されながら結婚。

 みんな幸せに、この国の未来も安泰!


(よし。ぱっとしないモブ令嬢の特権を生かして、二人の恋をひっそりこっそり確実に成就させるぞ!)


 決意に勢いよく雑巾をバケツに突っ込む。

 すると、隣の寝室を清掃していたクレアがひょいと顔をのぞかせた。


「終わった? こっち手伝ってくれる?」


「あ、うん!」


 シーツ類は既に朝の清掃時に取り換えられているので、サイドテーブルに散らかる本を回収し、机を拭いて……。

 と、ソファーを拭いていたクレアが、おもむろに声を潜めて、


「あの様子じゃ、今夜のパーティーも出ないんだろうね」


「パーティー……?」


「ほら、エラ様の」


 エラ様……そうだ、エラ・ブライトン。

 主人公の公爵令嬢様の名前。

 ゲームでは任意の名前に変えられるようになっていたけれど、私はデフォルト名のままプレイしていたから、エラはエラって認識だ。


 そういえば、記憶の蘇りやら破滅エンドの阻止やら、怒涛の展開の連続にすっかり忘れていたけれど……。

 ヴィセルフは夕刻から、エラに誘われたパーティーへの出席となっていたはず。

 主催はエラの従弟いとこだとかなんとか……。


(……あれ? これってもしかして、ゲームに出てきたすっぽかしパーティーじゃあ)


 ゲームは学園入学時から始まるから、それ以前の情報は基本的にエラの回想で知るのだけれど。

 ヴィセルフからされた嫌がらせの中に、従弟に招待されたパーティーのすっぽかしがあったような……!

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