第2話当て馬王子の侍女に転生していたようです
「……ナ、ちょっと、ティナ!」
「!」
焦りを含んだ呼びかけに、はっと目を覚ます。
視界に飛び込んできたのは、ピンクがかった赤髪をきっちりと結いあげた女の子。
私を見下ろすオレンジブラウンの眼は、目尻がきゅっと釣り上がっていて、どこか勝気な印象だ。
どちらかといえば、その身にまとっている白いヘッドドレスやカフェラテ色のメイド服よりも、大人っぽくスレンダーなドレスが似合いそう。
そんなことを考えていると、彼女はほっとしたような顔を呆れたものに変え、
「だから台座を支えておこうかっていったのに。本当、ティナは過度に遠慮しすぎ」
「……ティ、ナ」
ティナ。そうだ。私の名前はティナ・ハローズ。
地方の貧乏伯爵家の長女で、十五歳となった昨年から行儀見習いとして、王城で侍女をしている。
間違いない。これまでの記憶も、家族も、家も。"ティナ"としてちゃんと思い出せる……の、だけども。
さっき見た記憶も、ちゃんと"私"のもの。
(もしかしてさっきのって、前世の記憶だったり……?)
引き寄せた右手には、記憶にあるスマホの代わりに少しくたびれた雑巾が握られている。
そうだ。たしか今はこの部屋を掃除している最中で、窓ふきをしようと台座に上がったはいいものの、上部を拭こうと背伸びして――転げ落ちたんだ。
状況を把握した刹那、掲げた右手の手首が掴まれた。
そのままぐいと引かれて、寝ころんでいた上体が起こされる。
「ほら、起きれる? 痛いところは?」
「えっと……ちょっと背中と頭が痛いけれど、大丈夫」
「本当に? いっかい部屋に戻って、休んだほうがいいんじゃない? 念のため、お医者様も呼んでもらって」
「ううん、本当に平気だから。心配してくれてありがとう、クレア」
途端、渋る私の手を引こうとしていたクレアが、驚いたように目を見開いた。
(あ、あれ……? 変なこと言ったかな)
彼女の名前はクレアで間違いない。
私よりも数か月早く十六歳になった、私と同じ行儀見習いのルームメイト。
王都の外れにある小さな侯爵家のご令嬢のようだけど、かといって私を馬鹿にするでもなく、面倒見が良くて頼りがいのあるお嬢様だ。
「えと、クレア……?」
なにか失礼なことを言ってしまったのだろうか。
おずおずと声をかけると、クレアはパチパチと瞬いて、
「……アンタが"ごめんなさい"じゃなくて"ありがとう"だなんて、初めてじゃない?」
「え……そうだった?」
「うん。びっくりした」
そう言うとクレアは、ちょっと難しい顔をして腰をかがめ、私に視線を合わせる。
「アタシとしてはそっちのがいいけれど……。ねえ、やっぱりお医者様に診てもらったほうがいいんじゃない?」
(え、そんなに?)
あまりに深刻な雰囲気に、これまでの"ティナ"を思い起こそうとした刹那。
バンッ! と響いたけたたましい音。
顔を跳ね向けると、無遠慮に開かれた扉から大股で入ってきた男性がひとり。
美しい金の髪と、仕立てのいいジュストコールがひるがえる。
「っせえ! お前がなんて言おうと、俺は行かねえ。以上だ! 部屋、入ってくんなよ!」
扉外へ向かってそう叫び閉じた彼は、やっとのことで私達に気づいたようで、
「…………いつから俺の部屋は侍女の遊び場になったんだ?」
すっと細まる赤い瞳。
不機嫌をありありと浮かべる吊り上がった片眉に、私は反射的に頭を下げる。
「も、申し訳ございません!」
ん? なんか、この人どこかで見たことあるような……?
って、当たり前か。
だってこの方こそこの部屋……いわゆる私室を兼ねた書斎の主であり、ここ、ラッセルフォード王国の王子なのだから。
(でも……なんか、頭の奥がモヤッとしているっていうか……)
と、同じく低頭したクレアが粛々と、
「ヴィセルフ様がご不在の間にと、掃除を申し付けられておりました」
暗に、こっちは仕事ですと主張するクレアに、ヴィセルフは眉間の皺を濃くしながらも「ッチ」と舌打ち交じりにソファーに腰を落とす。
「なら、さっさと終わらせろ」
うわあ、横暴。だって予定では、お戻りはあと一時間も後のはず。
けれどきっと出先で何か不満なことでもあって、さっさと切り上げてきたのだろう。
だってこのヴィセルフ王子は、国中の誰もが知る我儘横暴王子なのだから。
(ん? 我儘横暴王子の……ヴィセルフ様!?)
途端、私の脳裏に次々と記憶が飛び交った。
――わかった。見たことがあるはずだ。
だって我儘横暴王子のヴィセルフ・ノーティスといえば、"以前"の私がプレイしていた乙女ゲーム、『不遇令嬢は恋に咲く』の悪役王子だ……!
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