第4話

 参道の両側には、祭りの目玉である灯篭奉納の紙灯籠がずらりと並び、くねくねと続く境内までの細い道をぼんやりと照らしている。折り返しの所々では篝火が焚かれ、参道を上り下りする人々の横顔を赤々と夜闇に浮かび上がらせる。

 何となく夢で見た光景と重なって、思わず周囲の人々がのっぺらぼうではないかと見回してしまう。

「どうしたの、顔色悪いよ?」

「……いや、大丈夫。行こう」

 顔を覗き込んでくる美砂を促して参道を進む。

 

 小さな田舎町の神社のこじんまりとしたお祭りだから、夢で見たように大勢の人が笑いさざめきながらごった返しているわけではない。時々すれ違う人達も大体は顔見知りだから、お互いに会釈を交わしながら静かに通り過ぎる。神社の参道なのだから、賑やかに騒ぐような場所でもない。 

 境内に近づくにつれて、笛や太鼓や鳴り物の音も近づいてくる。

 本当に懐かしい。一年振りに聞く地元の祭りのお囃子だ。

「あ、この葉っぱ」

 境内の手前で一礼し、鳥居を潜ろうとした美砂が柵の傍の茂みに何かを見つけたらしく屈んでごそごそとやりだした。

「また。落っこちるなよ」

 蛍の時と同じで、何だか目が離せない。僕より余程運動神経は良いのだけど、昔から、何故か危なっかしくって目が離せないところがあった。それでよく友達から揶揄われたものだ。


 一声かけてから境内の方へ視線を向けて――目を疑った。


 たった今までちらほらと見えた参詣者たちの姿がない。誰一人姿が見えない。お囃子も聞こえない。無人の境内に、僕だけが立ち尽くしている。


「え……」


 まるで夢と同じ光景の中。


 ぴぃ――――。


 振り向くと、今まで美砂が蹲っていたところに、小さな女の子が佇んでいた。

 白地に金魚をあしらった子供らしい浴衣と桃色の帯を文庫結にした後ろ姿は、夢に現れた少女の姿。

 くるり、とこちらを振り返る。


 ぴぃ――――。


 でも、まだ夢から覚めない。


「この葉っぱが、一番吹きやすいんだって、」


 口に当てていた草笛の葉っぱを離すと、少女はにっこりと青白い顔に笑顔を浮かべた。


「君が教えてくれたんだよ?」


 少女が一歩、歩み寄る。肩越しの栗色の髪がふわりと揺れた。


 ……そうだ、この子は小さい頃、すごく身体が弱かったんだ。 


「君が教えてくれたから、毎日毎日練習したよ。何年も掛ったけど、やっと君より上手に吹けるようになったよ」


 少女がまた一歩近づいてくる。首のあたりで切り揃えられたおかっぱの髪がさらさらと靡く。菫色に朝顔を染め抜いた、少し大人ぶって背伸びした意匠の浴衣。


 ……いつも苦しそうにしていたから、見ていられなくて、放っておけなかった。


「頑張って、早く元気になれるように努力して、君より速く走れるようになったよ。もう、君より高いところに登れるし、君より遠くまで泳げるようにもなったよ」


 少女が目の前で立ち止まる。栗色のショートカット。男の子のようなくりくりした表情。でも相変わらず日焼けしない真っ白な肌色。


 ……きっと自分は大人になれるまで生きられないから、とその子が寂しそうに笑うのが堪らなく嫌だったから、あの日、この神社の境内で、おまじないのつもりで交わした約束を、


「ねえ。あたし、もう大人だよ?」


 黒紫色の大人びた浴衣を広げて見せながら、美砂が微笑む。


「大人になるまで、生きてこれたよ?」


 ――約束だよ? 大人になったら、絶対に……


「あの時の言葉、覚えてる?」


 ……そう言って、照れくさそうに笑顔を交わした、


「あの時の約束、まだ覚えてる?」

 首を傾げる美砂に、

「……うん。覚えてるよ。あの時の――」


 ――うん。約束するよ。大人になったら、絶対に……


 ……そう笑い合って、初めて小さな唇を交わした、



 あのときの言葉を、覚えている。




 


 


 

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