第3話

 今日は神社の祭りの日。 

 美砂が浴衣を着てきた。なので、自転車ではなく徒歩で神社へと向かっている。

 この神社というのは、町境の峠の中腹にある小さな社で、毎年八月十六日の送り盆に奉納祭が催され、参道入口から境内までの両側を、地元の子供たちが書いた絵を張り付けた灯篭をずらりと燈す催しを行っている。麓の隣村からもその様子が見え、一夜限りのちょっとした夜景スポットとなる。

 とはいえ、年々子供たちの数も減ってきているので、今では殆どの灯篭が地元の有志団体が灯篭の絵を描いたものだったり「交通安全」などの標語とか協賛企業の広告のようなものだったりというのが少し寂しい。

 前述の通り美砂が浴衣に揃えて下駄を履いて来たので、菫色に沈んだ畦道を二人並んで歩き神社を目指す。

「もう少し早ければ蛍も見れたのにね」

 まだいないかな、と歩きながらきょろきょろと見回している。

「よそ見してると堰に落ちるぞ」

 履き慣れない下駄を履いているせいで、足取りの覚束ない美砂に声を掛ける。

「その浴衣……」

「ん、何?」

 僕の視線と呟きに蛍を探していた美砂が顔を上げる。

 黒紫色のシックな意匠の浴衣はどちらかというと大人っぽいデザインで、美砂が着てみると何というか何というか、

「似合わない」

「あ、酷い。この前も揶揄われたから今日は別の浴衣借りてきたのに!」

 率直な感想に美砂はむくれた。

「この前も?」

「うん、一昨昨日の花火の時もあたしに酷いこと言ったじゃん。忘れたなんて言わせないわよ」

 不機嫌そうに睨んでくる。

 そう言われても覚えていないのだから仕方がない。一昨昨日の花火の時にどんな浴衣を着てきたかのかすら定かではない。

 一昨昨日。……美砂が家に遊びに来た日か。……一昨日は、……昨日は……僕は何をしていたのだっけ?

「あのさ、その花火の時なんだけど……」

「あ、ほら。もう結構ひと来てるね!」

 美砂の言葉に前を向くと、いつの間にか神社の参道前まで辿り着いていたらしく、参道口の両脇で赤々と炎を上げる篝火の明りに長い影法師を伸ばした人々が賑やかに出店の周りを行き交っている。

 こんなに神社って家から近かったっけ? と首を傾げる僕を置いて美砂は早速出店を冷やかしに飛んでいく。

 出店の数もすっかり減ったようだ。綿飴にかき氷に数字合わせ。お面ってこんなに高かったっけ⁉ とお面屋さんの値段を見て美砂がびっくりした顔をする。並んでいる出店も半分は地元の青年会や厄年連のおじさんたちが有志で開いているものだ。

「どうする、何か買っていく?」

「うーん。今買うと荷物になるし、帰りにゆっくり見よ」

 たこ焼きとイカ焼きと焼きそばとフランクフルトの屋台を名残惜し気に見返りながら、参道口を登っていく。ずっと上の方から、懐かしい祭囃子の笛太鼓の音が聞こえてくる。

 


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