第2話

 緋色の闇が、賑やかしい夜の参道を色鮮やかに照らしている。

 再び、夢の祭りの喧騒の中で、顔のない浴衣姿が行き交う笑い声の中に一人立ち尽くし、何を見るでもなく辺りを見渡しながら、何を聞くでもなく遠くのお囃子、近くの漣のような賑わいに耳を傾ける。

 

 まるで昼間見たものと同じ夢。

 夢とわかって夢を見るもどかしい息苦しさ。


 大勢の夏衣の群れが流れる参道に、一人佇むだけの夢。空気の流れも、息遣いも、自分の踏みしめた石畳の感触もなく、目に映り耳に聞こえる夜の鮮やかさと祭りの陽気な昂ぶりが鮮明で――それすらも霧の中に陽炎を見ているように曖昧で、ともすると現に紛れてしまいそうな感覚もやはりこれは夢なのだと思い知らされる。


 底の知れない闇の幕。それに映える篝火、灯篭、太鼓、笛の音――。


 そしていつしか場面は神社の境内へ。

 さっと掻き消える群衆と喧騒。

 切り抜かれたような少女の後ろ姿。

 まるで昼間見たものと同じ夢。

 ……そう思ったが、少しだけ違った。

 

 少女の後ろ姿が、一回り程背が伸びていた。

 前に見た夢では、まだ小さな女の子だったのに、まるで何年も逢っていなかったかのように。


 昼間見た夢と同じように、声を掛けようと口を開いた僕の前で、浴衣の人影――小さな少女がくるりと振り向いた。



 ぴぃ――――。




 蝋燭のを吹き消したように松明が、灯篭が一斉に消え、世界が闇に落ちる。

 暗闇の中、滲んだ視界の先に、障子から差し込む月明かりに仄かに浮かんだ見慣れた天井が見下ろしている。

 深い夢から覚めた後の気怠い疲労感を全身に感じながら、しばらくそのままぼんやりと天井を眺めていた。

 いつのまにか自室の布団に横になっていたことに気づき、枕元に眼鏡を手探りつつ傍らで時を刻む目覚まし時計を手繰り寄せる。寝惚け眼のせいか文字盤が霞んで時刻が読み取れない。

「……」

 諦めて時計を戻すと、眼鏡を掛けたまま再び布団に身を横たえる。

 まるで時間の感覚が掴めない。今日が何日で、今が何時何分なのか。美砂を送った後、花火大会はどうしたのか。いや、そもそも美砂と会ったのは今日の昼間だったか、昨日の出来事だったか。

 じっとりと滲む寝汗が気持ち悪い。

 静かな部屋に微かに漂う蚊取り線香の匂い。控えめに外から聞こえる虫の鳴き声。

 未だ半分夢の中にいるような曖昧な感覚に、今も尚夢の続きにいるような錯覚を感じながら、再びぼんやりと視界が滲んでいく。


 目を閉じても、見えるのは夢で最後に見たものと同じ、闇。

 今日はもう、同じ夢は見ないだろうと、そんな予感を覚えた。


 

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