第6話 まなざし
「今、エステルと……」
驚いて私を見ている。
その反応に喉が鳴った。
エステルという言葉に反応している。
もしかしてこれはという思いが私をじわじわ浸蝕していく。
「ガラッシア公爵令嬢?」
「え、エステル!」
「どうした」
「トット!」
「!」
もう一度呼べば、二人は驚いて私を見た。
これはもう賭けるしかない。
「エステル! 私よ、チアキ」
「チアキ?」
「チアキなのか?」
手応えのある反応に確信する。
脳内ガッツポーズだ。
ここはパソコン越しに私が話していたエステルとトットがいる世界。
「身体はオリアーナだけど、中身はチアキ。どうしたら信じてもらえるかわからないんだけど」
周囲がざわついている。
散々私を避けて怯えていた学生の中で、こんなに親しみを滲ませて見てくれる人がいる事に安心と嬉しさが沸きあがってきた。
まともに対面してくれるだけで、涙出そうになるぐらい嬉しさを感じる事が出来るなんて。
「私をエステル、彼をトットと呼ぶ者はチアキしかいないわ」
「それにチアキという変わった名を口にしてる時点で君はチアキなのだろう」
「ああ……」
「チアキ、どうして」
「うわああ、エステル!」
駆けて、そのまま彼女に抱き着いた。
ああもう本当よかった!
どうしたらいいのか分からず、オリアーナの事も自分の事も何も決まってなかった所に、やっと話が通じる二人が現れた。
私が彼女に抱き着いたら、周りがさらにざわついていたけど気にしてられなかった。
「あああエステルよかった! 本当もう話しかけても誰も話してくれないし逃げられるし、どうしたらいいかわからなくてさー!」
「え、と、その、」
「エステルうわあエステル! エステルなんだね!」
「落ち着け」
「トットおお! トットじゃんかあああ!」
「サルヴァトーレ」
「ああ」
彼が軽く目配せすると、いつの間にやら馬車が現れた。そこにやや乱暴に投げ入れられ、二人もそのまま乗り込んでくる。
扉が閉まり、ざわつく学園内を優雅にでも素早く立ち去っていった。
「エステル! トット! 本当良かった! もう感動でどうしたらいいかわからない」
「そうね……その様子だとよくわかるわ」
呆れたように眉を八の字にして笑う。この困った笑顔は私とパソコン越しで話す時よくみる顔だった。
間違いなくエステルだ。私の知ってる、私を知ってるエステル。
「ひとまず学園外周を回って、裏門から入り直そう」
「トット、こんな時でも格好いいね! トットー!」
「裏門に着くまでに落ち着くんだ」
二人とも驚いてないのだろうか。
私は驚いて、そして言い様のない感動に浸っているのに。
若干二人との間に溝を感じた。少し悲しい。
「感動の再会……」
「チアキ、今の貴方の外見を少し鑑みてほしいの」
「……ああ!」
そうだ、オリアーナの姿だった。もうすっかり感動と驚きで遥か向こうの方へ行っていた。
「いつもの時間に現れなかったから、何かあったのかと思ってはいたけれど」
「話せば長いようで短いのだけどね」
「話せば少し冷静にもなるだろう」
是非話すよう促され、その態度と笑顔が沁みた。
いくら社会人、長い間理不尽な目に遭遇して精神力を多かれ少なかれ育てられたとしても、見知らぬ土地で見知らぬ人々に避けられ続けるのは中々削られていくものがある。
「うわあついさっきまで塩対応しか受けてなかったから沁みるわ」
「しお……ああ、冷たい態度をとられてしまう事ね」
「よく覚えてるね、エステル!」
「それで? 何故外見がガラッシア公爵令嬢なんだ?」
「ああ、それね……」
ひとまず全部話した。
あらすじにすれば四百字以内でいけそうな内容だった。私の苦労と感動の説明を四百字以内にされるのもなんとも言い難いところではあるけれど。
「ガラッシア公爵令嬢にも話をきかない事には始まらないな」
「ええ、そうね」
「まだ寝てるからねー」
難しい顔をしている二人をしり目に私はいまだ感動の余韻を味わっている。
二人に会えたことが幸せでならない。なんていっても生で会えた、今まで画面越しだったのがリアルに会っているとか不思議でならないけど。
「チアキ、私と彼で少し調べてみるわ」
「魔法の事?」
「そうだ。魂の入れ替えは高度な魔法で、すぐに知る事が出来るものではないからな」
「そっか」
まさか国家機密とか言わないだろうな。
二人の神妙な顔を見てると少し心配になるけど、今の私は二人を眺めてるだけで幸せなので、そんなことは明後日の方へさようならだ。
「チアキはどうする? 私達は午後の講義に出席するけれど」
「今日は散策のつもりで来たから、講義とかはオリアーナに確認してからにするよ」
「わかったわ」
「学園の中がゲームと同じなら頭の中ばっちり入ってるから、次来たらエステルとトットのとこ行くよ」
「さすがだな」
「いえーいありがとう」
そうして裏門に到着したところで馬車から降ろしてもらう。
もっと話したいところだけど、オリアーナがいない事と、入れ替わりの魔法について調べたいところでもあるらしい。
午後の講義は先程のざわつきから下手な噂が助長しないよう、彼彼女は普段通り過ごした方がいいという判断で出席だ。
「また明日」
「無理をするな」
「うん、大丈夫。ありがとね」
裏門から入れば、大きな庭があった。
恐らく人工的ではあるけれど、小川も用意されてせせらぎが耳に心地いい。
芝と花に覆われた緩やかな小さな丘陵、休みやすいよう座る場所も寛げる木陰も雨風凌げる場所も用意されている。
風がゆっくり吹いていて気持ちがいい。さっきまでのドタバタを考えると尚更ここのゆっくりした時間が必要だと思えた。
「……ん?」
「…………」
小さな丘の上から見下ろす形でいた私の視界に入る同じ制服の男性。
芝に背を預け本を読んでいたのを閉じて立ち上がる所だった。軽く制服についた芝生を落とし、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「……」
「……」
さすが乙女ゲームの世界、モブらしいモブもひどくイケメンだ。記憶の限り対象キャラクターでないのは確か。
彼は私を見ると、驚いて片目が少し揺らいだ。そして次に眦を少し上げて、力強く視線を向けてきた。
「何故」
小さく囁かれる声質は驚きと不機嫌さが滲んでいた。
何故とはどういうことだろう。ここに私がいることが?
どう考えても学園の共有スペースだから、それは違う気がする。
「……」
強い眼差しが私を見上げてくる。
どこかで見たような気がした。
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