第5話 転移したのは乙女ゲームの世界
目算通り、三十分も歩かずに到着。
大きな門をくぐると、見た事ある背景ばかりだった。
「本当にゲームのままだわ」
ファンタジーでヨーロッパ風の校舎、同じ制服を着た学生たち。
プレイした中で見てきた学園そのもの。
ここまでくると私が来たこの世界は、乙女ゲームの世界なんだと納得せざるを得なかった。
「それにしても学校やっててよかった」
今が昼の時間なら、午後からの授業があるはずだ。
オリアーナが何の授業をとっているかわからないから、今日は授業は受けずに散策するしかないか。
あのメイドさんの反応を考えると、他人に自分の取得授業状況をきくのは憚られる。後は友達かな。友達に冗談交じりにきいてみるしかない。
そう思っても、オリアーナに話しかけてくる人物はいなかった。となると、私から接触して友人状況を把握していくしかない。
よし、彼女のキャラを崩さずクールにいこう。
「あの」
「? ……!」
「少しききたい事が、あ……」
一番近くにいた子に話しかけたら、とても驚いた様子で私を見、軽く息を飲んで何も言わず走り去っていった。
どういうこと、この世界は軽々しく話していけないルールなんてないはず。ないはずなのに、私を避けるように人が散らばっていくのは何故だろう。
「失礼、少しよろしいでしょうか?」
「ひっ!」
なんで怯えているのか分からないけど、あからさまに肩を鳴らして短い悲鳴をあげられる。
これもまた、じりじり後ずさりの末、逃亡された。
オリアーナはこの学園で大暴れでもしたんじゃないの?
人に恐怖を植え付けられる人間なんてそういない。
「あの」
「あら」
「お?」
「ガラッシア公爵令嬢、いかがされたのかしら?」
「おお!」
初めてだ、初めて声をかけてまともに返しがあった。
言い様のない感動、何度も何度も詰めに詰めた交渉の末に契約を勝ち取った時と同じ達成感だ。
「少しききた、お伺いしたい事がありまして?」
「私が何故貴方と話さなければならないのかしら?」
おっと、感動で打ち震えたから気づくの遅れたけど、目の前のご令嬢はオリアーナに対して好意がない。
昔喧嘩でもしたのか、因縁の相手なのか、敵意が全面に出ている。
へたに美しい女性が怒っていると美しさからか迫力が割増しになっていて、どう話を持っていこうか悩む。
「ええと、」
「よく私に声をかけられますわね。社交界から見限られた貴方とは誰も付き合わない事をご存じのはずでは?」
「え?」
なんですか、そのイベントは。オリアーナ何かしでかしたの?
あのキャラから考えるとそうは思えないけど、目の前のご令嬢がこう言ってくるということは何かあったのは事実だろう。今その内容をきくわけにもいかないけど……きいたら逆上しそうだ。
何か別の話題だ、別の。
「あの、オリアーナと貴方は仲が悪いんですか?」
「え!?」
おっとこれも駄目な質問だった。
女性はもう言葉を失っている。唖然とした後、私が安易にからかったのだと感じたのだろう。次に沸き出た怒りを抑えていた。
「失礼、言葉間違えました」
「な、ほ、本当に! 失礼ですわ!」
取りつく島もな、く唯一話をしてくれたご令嬢は爆発した怒りをそのまま抱えて去っていった。ここでオリアーナに八つ当たりしないだけ立派なものだ。
「さて」
気を取り直して他をあたろう。
「あの」
「ひ! すみませんすみません!」
早速片っ端から声をかけてみる。
「失礼、」
「申し訳ございません!」
何故だろうか。話にならない状態ばかり続く。
「少しよろしいでしょうか」
「!」
「え」
あの怒りの令嬢が貴重だった。多くの学生が声をかければ逃げていく。
逃げる以外だとその場に固まってしまうとか、震えて両腕を抱えているとか。話になりもしないものばかりだった。
何も収穫がない。
困った。オリアーナが起きるまではなるたけ自分の手で情報を得ようと思っていたけど、知る事が出来たのは彼女が他の学生から避けられている事と社交界で何かがあったことしかわからない。
「営業モードで話しかけたい……」
途方に暮れるとはこう言う事だろうか。
オリアーナのクールキャラで営業をしてくださいという課題は中々私には難しい。
もうこれでもかという笑顔とセールストークでぐいぐい行きたいところだけど、そうするとオリアーナらしくないから、先のメイドさんのように引く可能性もある。
いや、すでに引かれてるから変わらないのか。いっそ営業モードになろうか。
「私と真逆のキャラすぎるよ、オリアーナ」
少し疲れて近くにあったベンチに座って休んでいると、急に生徒たちがどよめきだった。
なんだろうと、目線を追えば、多くの生徒が誰かを見ている。
「いらしたわ!」
「参りましょう」
学生たちに阻まれて見えなかった。
なんだ、この学園にはアイドルでもいるのか。
「グァリジョーネ侯爵令嬢! 今日もお美しいですわ!」
「サヴォスタ王太子殿下をご覧になって!」
「んん?」
その名前に反応せざるを得なかった。
今この瞬間、ここがゲームの世界である事が確定したから。
立ち上がり、足早に人の間を縫うように進んで、話題の人物を視界に入れる。
ステッラベッラ・ルーナ・グァリジョーネ侯爵令嬢
サルヴァトーレ・ディ・サヴォスタ王太子殿下
その二人。
間違いない、その姿は私がパソコン越しに話していた、プレイしたゲームのキャラクターそのものだ。
二人が歩くだけで歓声が上がる。このカリスマ、さすがヒロインとヒーロー。
「エステル」
「……え?」
取り巻いているから、距離はそれなりにあったはずだった。
こちらに来てから、そんな時間は経っていないけど、妙に懐かしくて彼女の愛称を呼んでしまった。
エステルとトットという愛称はゲーム内に存在しない。私が考えて二人につけた愛称で、ゲーム内の彼女の愛称はステラだった。
そんな彼女が驚きの表情で、こちらを見て囁いた。
「今、エステルと……」
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