第4話 試しに動いたらメイド、引く

 エステルとトットが着ていたものと酷似している。

 酷似どころか同一。

 仮にありきたりな転移ものの話の流れがあったとして、自分の知る何かの世界に行ってしまう事はないわけではない。

 本当にあの乙女ゲームの世界だろうか。


 オリアーナがあのゲームにいたかと問われると記憶がないし、そもそも女の子キャラは少なかった。

 モブにしたって、ああいうクール系キャラはいなかったし、エステルに絡みのあるキャラの中にも該当はない。


「近いけど違う世界、かな」


 時計を見る。

 昼過ぎか。

 ゲームでいう学園があるのなら、オリアーナは学園で勉強している時間のはずだ。

 今日が休日の可能性もあるけど。


「……」


 オリアーナは寝ている。

 起こすのも忍びないし、そっとしておいた方がいい。


「よし」


 決めた。

 私は目の前にある制服に袖を通し、さっき窓を開けた時感じた気温から上着も羽織って部屋の扉を開けた。

  学園に行ってみよう。

 私の予想通りであるなら、件のゲームの学園が存在するはずだから。

 考えているだけでは答えが出ないものなら、確かめに動いてしまう方が手っ取り早いだろう。


「すぐに戻るね」


 返事はもちろんないけれど。

 部屋から出れば出たで、廊下の広さに軽く引いた。

 規模が違う。

 あの子どういう生まれの子で、どういう生活してるのだろうか。

 それでいて学生の身分でありながら、あんなに大人びて育つなんて。

 この家は教育熱心な家なのか、それとも元々のキャラ設定だろうか。


「あ」


 ひとまず廊下を歩いていると、いかにもな風貌のメイドさんが現れた。

 萌え萌えきゅんきゅんしなさそうなタイプのメイドだ。掃除用具片手に、これはもう外国に本来存在した職業としてのメイド。生で見られる事に軽く感動を覚える。


「あの」

「……」


 止まって頭を下げるメイド。

 おお、夢にまで見たメイドの世界……って感動してる場合じゃないか。


「えと、うん、まずは顔を上げてくれます?」

「?」


 訝しんだ様子で顔を上げるメイド。

 今から私がきく事は、この相手であるメイドの凄惨な反応が予想出来る事だけど、背に腹は代えられない。


「外に出たいんだけど、出口、どこですか?」

「え……」


 あー、やっぱり引きますよね、そうですよね。

 メイドの不審な顔ときたら、私の中でどうしようという浅い思考の巡らせでは、どうにも誤魔化す事が出来ない。


「あ、あちらの階段をお下り頂き、正面に見える扉からでしたら、外に」

「あー! そう! そうだ、そうですね、ありがとう!! うっかり忘れてたみたい、で、」


 増々メイドの顔がおかしくなっていく。

 もはや蒼白だ。

 駄目か、やっぱり家から出るにはどうしたらいいかなんて聞くのは、頭おかしくなったと思われる最要因か。


「お嬢様、御気分が優れないのでしょうか?」

「い、いや、そんなことないよ?」

「しかしいつもと様子が……」

「あ、うん、えっと」


 ああ、そもそもがいいところのお嬢さんがこんな喋り方しないし、オリアーナのキャラじゃないか。

 彼女はもっと丁寧な言葉遣いに、平坦な調子、なにより典型的なクールキャラだ。

 修正しよう。このメイドの蒼白な顔を戻して大きな問題にしないためにも。


「……んんっ。ええ、少し調子がよろしくなかったみた、いえ、ようです。でも……しかし今から私は外に出ないとならないのです」

「左様で御座いますか」

「ええ、ああ体調の方はもう大丈、んん、問題ないので心配ご無用です、のよ?」

「……」

「……」


 メイドの蒼白な様子はなくなったけど、不審者を見る目が増した。

 頭おかしくなったとか思われても仕方ない。なにせ中身は現代社会に生きる社会人、敬語がかろうじて使えるかどうかだ。


「……扉までお供します」

「……ありがとう、ございます」


 メイドは色々飲み込んだ末、私を見送る事になった。

 よかった、家の主人に意見しようなんて思わないタイプのメイドだったよう。とはいっても、私の後ろを歩くメイドさんに大変な違和感を感じる。

 誰かが三歩後ろを歩く様な生活を送ってきてないから、なんだかストーカーにつけられてるような感覚だ。簡単に言うなら気まずい。


 階下に降りれば、話の通り大きな扉が現れ、驚きに小さく声が漏れた。

 扉に驚くというよりも、その家の玄関の大きさに驚いたと言っていい。扉前に立ち尽くす私をしり目に、メイドは非常にスムーズに前に出て扉を開けた。


「あ、ありがとう」

「お気をつけて」


 一歩外に踏み出せば、整備された庭に遠く家の敷地を占める塀。

 家から出るのに時間かかるやつだ。


「あ」

「?」


 ふと思い至ったけど、これをまたメイドにきいたら、蒼白さを取り戻してしまうかもしれない。

 ああでもきくしかないのか。


「あの」

「……はい」

「学園はどこからどう行けばいいでしょうか?」

「え……」


 予想通りの反応をありがとうございますとばかりの引き具合だった。

 けど、すぐに居直ったメイドは馬車を出しますと言ってくる。

 そんなに遠いのだろうか。

 けど、馬車を出すにも人を呼ぶだろうし、馬車と言ってくる時点で、それ以上の乗り物はないだろう。

 自転車とかあれば喜んで乗っていくけど、それすらもなさそうだし、ここは徒歩を押し通すしかない。


「いいえ、道さえ教えてもらえればいいんで!」

「……は、い」


 メイドは納得いかない顔をして、完結に学園の場所を教えてくれた。指し示す方角を見れば、大きな時計塔が見え、そこまで遠くなさそうに見えた。


「お嬢様、馬車は」

「いいえ、必要ないです。あ、歩いて行きますので」

「え?!」


 歩くって選択肢が間違いですか。令嬢だもの、歩くという概念すらないんじゃないの。

 いや混乱してる場合じゃない、落ち着け……クールだ、あくまでクールにやりすごさないと。


「必要ありません。下がりなさい」

「……承知致しました」


 ちょっと強めに言ってしまったけど仕方ない。メイドが扉の向こうにいなくなったのを見届けて、私は大きな時計塔を目指して進んだ。

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