4.おしょうゆさんとの別れ

 どんなことにも別れはつきもの。

 いよいよ私はおしょうゆさんとお別れする時がやってきた。


『沙希ちゃん、わいはもうダメや』

「ダメって、醤油はまだ四分の一も残ってるじゃない」

『密封ボトルと言ってもな、ほんのちょっとずつやけど空気が入ってきとるんや』

「それって……」

『だんだんと香りが失われるってことや。わいの正体は醤油の香りやさかい』


 いやだ、いやだ、いやだ。

 おしょうゆさんとお別れなんてしたくない。

 私は無い知恵を絞って、解決策を考えた。


「そうだ、醤油の香りを補充すればいいんじゃない?」

『それは無理やで、沙希ちゃん』

「なんで? おしょうゆさんは醤油の香りなんでしょ? だったら香りを足せばいいんじゃない!」

『そん時に空気が入るんや。醸造場に行けば可能やもしれへんけど……』

「そうよ、醸造場に行けじゃいいじゃない!」

『その香りは、もはやわいではなく、わいの仲間っちゅうことやな』


 そんな……。

 私は頭を抱えた。他に良いアイディアなんて思い浮かばない。


『お父はんに新しい密封ボトルを買うてもらえばええやんか。わいの仲間も捨てたもんやないで。すぐに沙希ちゃんと仲良うなること間違いなしや』


 それじゃ、ダメなんだ。私は、おしょうゆさんとずっと一緒にいたいんだから……。


『それよりも沙希ちゃんにお願いがあんねん。最期に潮の香りを嗅ぎたいんやけど』

 だから最期って言わないで!

「潮の香りって、海のこと?」

 それならば、おしょうゆさんの最期の望みを叶えるためには、一緒に海に行かなくてはならない。


 海? 海、海に行く? 私が!?

 それがトリガーだった。海に行く光景を想像して私は固まった。


 ――黒い水、冷たい空、巨大な波。


 記憶の片隅に封印されていたイメージが解放され、私に押し寄せる。


「い、いや、嫌っ! 海には行きたくない、それだけはやめて! お願いだからカンベンして……」


 これが私の心の傷だった。

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